雪と想ひ出スノーボール

紗野るみ

ヴァシュネーのお祭り

  ヴァシュネーの村では十二月二十一日の夜から、盛大に祭りが行われる。この地域では雪は神聖なものとして扱われ、祭りを催すことで雪の精霊とやらに願い事や祈祷をするのだ。 雪の精霊は出会いの精霊とも言われていて、この村は、出会いや友好のパワースポットにもなっている。祭りでは雪を使い、精霊の姿や動物を模したものを作ったり、雪合戦をしたりして楽しんでいる。

 私は一度だけこの村の近くに住んではいたものの、遠くの村に移ってから、長い間この村から足は遠のいていたので、祭りに関しては小さい頃聞いた話以外は分からない。しかし、場を見た限りでも、とても楽しそうな祭だ。空からふわふわと降る雪の量は多くはなく、寒さでこの祭りに支障をきたすこともない。

 踊り子がステップを踏んだり、その周りで踊って楽しむ靴の音や、その音楽。祭りを楽しむ人々の笑い声で溢れかえっていた。私は、そうした様子を眺めて、心を踊らせながら賑やかな道を歩いて行った。


 軽く雪が積もった道を歩いていると、焼き菓子を売っているところがあった。香ばしい香りが漂ってくる。私はその匂いに釣られて、その出店の方へと足を向け、並んでいる焼き菓子を眺めた。

 小振りなチュロスやサブレ、スノーボールやマフィンなどの様々な菓子が並べられており、美味しそうだ。私は少し悩んで、シンプルな袋にスノーボールを買うことにした。

「すみません、これください」

「あいよ!おお、あんた、この村の人じゃないだろう?」

「ええ、少し遠いとこから旅行に来ました」

「だろうと思った!遠くからようこそ。この村は寒いだろう?珍しい場所での祭りだとしても、風邪は引かないようにな。スノーボールは、うまいぞ!この店の看板商品なんだ。寒い時に食う焼き菓子は絶品だからねぇ」

 遠路はるばる来てくれたお嬢さんにはおまけね、と笑いながら袋に2つに入れてもらった。常連でもない人におまけなんて気前の良い店員だと思う。

 店員に礼を言うと、「雪の精の加護があらんことを」と去り際に言われた。

 ここでは、別れ際の言葉として、そういうのがこの村の慣わしである。


 少し冷え込んできたようで、口から白い息が漏れる。

 この村の人からしたら普通だろうが、他所から来た私としてはこの村は寒い。かといって、ホテルに引きこもってこの祭りを見逃すのも惜しいところだ。

 先程のスノーボールをひとつ、ふたつ、口に放りながら、祭りの通りの道を歩いていった。すると、後ろから、軽快な足音が聞こえた。

 振り返ってみると、そこには、十歳位の成りをした男の子がいた。なぜだか、その男の子には見覚えがあったような気がした。

 気になってしまっては考えずにはいられない。一体誰だっただろうか。と昔の記憶を探る。ここの村の人だとすれば、おそらくこの村の近くに住んでいた頃。

 そういえば……十年くらい前に一度だけこの祭りに来たことがある。

 理由は良くは覚えていないけれど親に連れられて、この祭りに来たのだ。その時に、出会った男の子がいた。ギルという名前で、私は祭りでその子と仲良くなった。その縁はその時だけにとどまらず、住んでいる村は違くとも、その後も交流が続いた。

 ギルは優しい男の子だった。祭のときは楽しい話をし、手紙のやり取りでは押し花も同封したりしてくれた。彼は、スノーボールが好きで、祭りで出店で出されるスノーボールが一番美味しいと言っていた。けれど、彼はその次の年のヴァシュネーの村の祭りの日、一緒にいた私をかばおうと、交通事故に遭い、命を落としたのだ。

 その後、私は今まで住んでいた所よりも遠くに離れることになってしまい、年がすぎるに連れ、ギルのことは忘れていなくとも薄れていってしまった。

 その十くらいの成りをした少年は、ギルに似ていた。

 そんなはずある訳……とも思い薄っすらとした記憶をなんとか蘇らせてみる。がしかし、思い出せば思い出すほど、少年は十年前のギルとよく似ているのだ。

 どういうことだろう。と悩みつつも、甘いスノーボールをまた口に含んだとき、ふと、先程のスノーボールの店員が言った言葉が頭に浮かんだ。

 「雪の精の加護があらんことを」

 それで、この村のにはこんな話があったのを思い出した。

 祭りの日に、この村で亡くなった者は良くも悪くも雪の精になり、祭りの日にだけ、友好関係のあったものだけには姿を現す。しかし、雪の精になる代わり、友好関係のあった者は亡くなった人のことを姿を見なければ、記憶が遠のいていき縁は永遠に途絶える。という、ここの地域のお伽話から来た話だ。


 先程まで私の後ろをスキップして、道を進んでいた彼は、私の前を過ぎていっていた。私は、彼を追いかけて、声を掛けようと思った。

 もし、逸話が本当ならば、私と彼の縁はとうに途絶えたものでなのではなく、ただ見えなかっただけで、切れてはいなかったのだということになる。そこに友好というものがない限り、私に彼は見えないはずなのだから。

 私は、彼に伝えたいことがいっぱいあった。けれど、彼は雪のようにすぐ消えてしまいそうで、声を大にして何かを言いでもしたら、いなくなりそうだ。

 だから、息を大きく吸ってから、小さく「ギル」と呼んでみた。例えギルではなかったとしても、例え、これがただの雪の幻想だったとしても、私はその絶えたと思っていた縁が確かなものになった気がして。

 すると、彼は振り返っては今降っている雪のようにふわりと笑った。その笑顔を見た瞬間、私は、彼は本当にギルだと確信した。


「久しぶりね」

 私はギルに笑いかけてそう言った。

「」

 ギルは口を動かして、言葉を吐いた。ギルの声は普通は聞こえない。いや、そもそも、ギルの姿さえも見えないのだけれど。しかし、私には聞こえた。ギルはアメリア姉さんと、そう確かに私を呼んだ。

 彼が私のことを姉さんというのは、私、アメリアと彼、ギルは血別れた姉弟だったからだ。なんでも、私の父と母が離婚した時に、ギルは父のほうへ、私は母の方へと引き取られたらしい。ギルは私の弟だったのだ。しかし、ギルとは十年も昔の祭りで偶然出会ってから彼が亡くなるまでの、たった一年しか過ごしていないので、今も、今までも、弟とは思えず、彼から姉と呼ばれるのはむずかゆいものだ。……そんなことも忘れてしまっていたが。

 『あんまりに顔を見ないから、声を聞くまでわからなかったよ』

とギルはまた笑った。

「そう。私、引っ越してからあまりこっちにはこれなかったからね……あと、ごめんなさい、あなたのこと、私、こちらに来るまで忘れてたの。バカよね」

『そうかい』

「許さない?」

『ううん、別にいいよ。だったら、忘れてたのは僕も同じだ……ただ、この祭りで姿が現れても、誰にも見つけてもらえないでいるのはちょっと寂しいから』

「そう。じゃあ、次の年も私、この祭りにくるわ。久々に来て思ったけど、この祭りは楽しいもの」

『そうかな。そう言ってもらえて嬉しいな……あ、その手のはスノーボール?』

「ええ」

  ああ、自分の手には、彼の好物であるスノーボールがあったのだった。

「食べる?」

『じゃあ、ひとつだけ貰おうかな』

「一つでいいの?」

『うん、もうちょっとでお祭りも終わっちゃうからね」

と、彼は言い、私の手の袋からスノーボールをひょいと取り、それを食べてから、幸せそうな顔をした。


 空はそろそろ夜も明ける。彼の言うとおり、もう祭りは終わってしまうのだ。だからだろう、ギルの体も薄っすらとしか見えなくなっていた。

『じゃあね、また』

「うん……また」

 また、次の年も、この雪の祭りの日にこの弟の事を会えれば、もっと話せればと切にそう願った。

 もう、私が彼のことを忘れることはないだろう。彼と私の縁は友好関係などではなく家族という深い絆なのだから。

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