5-7 無能

 ——梶原さん、影山さんがらしいじゃないですか、どうなってんですか?

 ——いやぁ、参ったよぉー。タイ向けのバックアップ生産に気を取られて肝心のこっちの納期を遅らせちゃってさー


 あまねく、梶原というのはこういう男だった。言い訳と責任転嫁だけは上手い。


 ——応援頂いたことは感謝してます。しかし、知らないんですか?、応援で送ってもらった品物の半数が不良品だったってのを

 ——あら、そうなの?、やっぱり急がせるとダメだな、日本人といえどミスするんだな……

 ——出荷検査さえしっかりやってれば、不良品は弾けたはずです。不良は仕方ないとしても、それをみすみす外に出しちゃいけないでしょ?

 ——フンっ、喉元すぎりゃ、逆ギレかよッ!。こっちゃ残業延長して助けてやったというのによ。やりきれんよねー、そんな上から目線で言われたらよー


 逆ギレは、どっちだ、上から目線はどっちだ? ——。


 平田はこれ以上この男と話しても埒があかないと、早々に電話を切った。梶原がどうなろうと構わない。本社がT社からどんな制裁を受けようとも知ったこっちゃない。

 しかし、影山重役の信頼を失うことは許せなかった。長年、自分が築き上げてきた信頼を、アホな連中に踏みにじられてたまるものか————。


 平田は、かつての部下であった飯山を電話に呼び出した。


 ——どうなってんだ、飯山くんっ!

 ——ああ、常務、申し訳ありません! 私の力が及ばず、影山重役を怒らせてしまいました

 ——いや、君のことだ、営業としての対応はきちんとしていたはずだ。現場の問題だろ? 違うか?

 ——営業責任者として泣き言は言いたくないのですが、平田常務がタイに行かれてから、こっちの品質管理体制はガタ落ちです。というか、危機意識が全くないんですよ……

 ——梶原常務か?

 ——……はい

 ——わかった。で、状況はどうなんだ? 影山さん怒らせたら、本社と言えども平気で「転注」食うぞっ

 ——影山重役はもう完全に梶原常務を信用してません。何度お詫びの面談を申し込んでも、梶原常務には会いたくないとおっしゃられて……


 事態は極めて深刻なとこまで来ていた。

 平田は影山の性格を熟知していたので、影山にそこまで言わせてしまっては、もはや手遅れかもしれなかった。

 できるなら、自分が日本に飛んで帰って夜討ち朝駆けしても、影山に会って土下座でもしなければ、と思ったが、今、自分がタイを離れることはできない。


 ——よし。俺から熊田社長に話を付けるから、すぐに社長を連れて影山重役の家の前で、夜になろうが朝になろうが、会えるまで待ってるんだ。それくらいしないと、あの人の信用は取り戻せんぞっ!


 ——わかりました。ありがとうございます、平田常務。正直、もう私にはどうしていいもんか分からず……、毎日、胃がキリキリして……


 ——馬鹿野郎っ! お前がそんなことでどうすんだ! 会社を守るのは営業の仕事だぞっ! 

 ——……っ、すみません、つい弱音吐いてしまいました……

 ——ん。まっ、君の立場はわかる。わかるが、敢えて言う、これしきの試練乗り切れんようじゃ、T社とは付き合えんぞっ


 怒りに唇が震えるのを抑えて、熊田社長の携帯に電話した。


 ——社長、ご無沙汰して居ます。さっそくですが……


 平田は挨拶も、応援の礼もそこそこに手短に状況を説明し飯山に同行してやって欲しい旨を告げた。


 ——そ、そんなことになってたのか! 梶原くんは、大丈夫です、問題ないです、としか報告を寄越してないぞ

 ——それは、直接、梶原さんに聞いてください。私の判断ではここで社長に動いて頂けないと、確実にT社に切られますよ、間違いありません。影山重役という人はそういう人なんです

 ——わ、わかった! 必ず影山さんに会って、この禿げ頭、地面に擦り付けてでもお詫びしてくる。すまんな、そっちも大変な時に心配かけて

 ——社長、即決頂き感謝します。今なら、かろうじて間に合うと思いますんで、何卒宜しくお願いします


 平田は、電話を切って重い息をふーっと吐いた。いくら矍鑠かくしゃくとしているとはいえ、齢よわい八十に迫る老人を夜討ち朝駆けに連れ出さねばならない事態にさせた梶原の無能っぷりに、激しい怒りを覚えた。


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