5-5 起死

 平田より事の詳細を聞かされた前原も大代も声を失くした。

 誰もがそれは、土俵を割りそうな力士への強烈な駄目押しと捉えた。


 T社の要求に応えるには、三十日夕方まで不眠不休で機械を動かす必要がある。それも、今すぐ機械が回ることが前提だ。


 しかし、トランスが無いと機械が回らない。

 重苦しい沈黙が平田らを包んでいた。


 ——あれが、使えたら……


 前原が、電気工事会社の日本人責任者——、そうあの醜男ブタやろうに問いかけた。


 ——被災した工場の配電盤の様子を今日見てきたんですが、あそこに取り付けられているトランスがいたら、使えますよね? ここでも

 ——あぁ、理論上は、使えますね

 ——水が被っていても、ですか?

 ——いや、それはなんとも言えません。やってみないと……可能性は限りなく薄いですけどね


 の吐いた、やってみないと——という言葉に平田は敏感に反応した。

 ——僅かな可能性でもこの際試してみる価値はある。前原、この人ら連れてもう一度あそこに行ってくれんか

 ——了解です


 前原は、拉致せんばかりの勢いで男の腕を掴み引き連れて行った。

 ——(なんとか、生きていてくれっ)


 平田は祈る思いで前原の車を見送った。


 二時間ほど経って、前原の車が仮工場に戻ってきた。電気工事会社の作業員の手にはトランスらしきものが握られていた。


 ——どうだ? 使えそうか?

 ——いえ、配線して電気を流してみないと、なんとも……


 仮工場に元々付いていた「電気ブレーカー」に接続し、その電圧が100Vに落ちていたら使えるということになる。


 わざとやってんじゃないかと思えるほど、検証作業は時間が掛かった。平田は何度も腕時計に目をやり、刻一刻と過ぎる時をどんな手を使っても止めたいという思いだった。


 ——よし、接続完了です


 ブレーカーが下ろされ、トランスに電流が流れた。トランスから出る二本の線に「テスター」の測定端子が触れる。


「テスター」の針が、ぶんっ、と勢いよく振れた。

 その様子をタイ人作業者の頭越しに覗き込んでいた平田と前原は針の止まった位置を凝視した。


 ——生きてた…… 100Vに落ちてるゾ!!


 テスターの赤い針の先端は、目盛りの100で止まっていた。


 ——よっしゃーっ!!


 前原が歓喜の雄叫びを発すると、工場内に拍手の渦と歓声が湧き上がった。

 ——すぐに、結線してください、もう完全に待ったなしなんです


 腕時計の針は夕方五時過ぎを指していた。もし、今日も昨日の様に自分たちを見捨てて帰るというのなら、間違い無くこの醜男ブタやろうの首に手をかけていたであろう。


 ——わかりました。今日中になんとか終わらせます


 電気工事会社の社員も、平田たちの様子を見ていて、これはおいそれと帰るなどと言える雰囲気ではないと悟ったようだった。


 全ての結線が終わり、自家発電機の【START】ボタンを押したのは午後十時を過ぎていた。

 少々、ご近所迷惑かと思ったが、両隣とも早くに灯は消えていた。


 ——では、もう一度、スイッチを入れてみてください


 タイ人従業員が恐る恐る機械の電源ボタンを押した。


  10台の機械の制御盤に、一斉に緑色のランプが点った。どうやら正常に電流が流れたようで、制御盤に異常は発生しなかった。


 ——よしっ、主軸スピンドルを回せっ!

 

 そこにいる全員が固唾を呑んで見守る中、機械のオペレータの指が【主軸始動】のボタンの上に掛かった。


 それは、さながら映画の中のヒーローが、時限爆弾の起爆装置を一か八かで解除するシーンで、赤い線か緑の線かを選んで切断するシーンを見ているようだった。


 ——(頼むっ! 回ってくれっ! )


 誰もが、そう願ったに違いないだろうが、平田の祈りが一番強かったかもしれない。


 刹那、息を止め、瞑目した————。

 

 

 

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