最終章 克て!最後の試練

5-1 焦燥

 十九日の土曜日には、機械の結線まで終える予定であったが、電気工事会社も人出が足りず、翌週の月曜日まで待ってくれと言って来たので、落ち着かない日曜日の休日を過ごすことになってしまった。


 機械10台の設置と、事務所の整備、そして自家発電機用の燃料購入とやれるところまでやった土曜日の夕暮れ、これからまた「バンプリー」近くのアパートまで従業員を送って帰ることを考えると、気が遠くなる思いだった。北方面の水が引き始めてそれに呼応するように、被災企業の「復興」活動も活発になり、「空港線」の高速道路は慢性的な渋滞に陥っていた。


 この先、いつまでこの状態が続くのだろうか。自分はまだ良いとしても、前原や大代は自分で運転して従業員を送り届けねばならない。疲れた体にムチ打って三時間以上もハンドルを握らねばならないのだから、過酷なことだった。


 ——社長、これ、いつまで続くんでしょうか……


 前原の落ち込んだ目を見て、対策を考えねばと思った。


 ——大代くん、マイクロバス一台、運転手付きでいくら掛かるか調べておいてくれないか。こんなこといつまでもやってたら、身体を潰してしまう

 ——わかりました。正直、私も根を上げそうでした……



 週が明けた、十一月二十一日(月曜日)—————。


 今日の夕刻より、マイクロバスで従業員の送迎をさせることになった。一日往復で、ガソリン代込みで8000バーツ(約24000円)の出費は痛かったが、彼らが事故を起こしたり、身体を壊してしまうことを考えればやむ得ない出費だと翻意した。

 それに合わせて、空港近くのホテルも引き払うことにした。これは日本人にとってはかなり嬉しいことだった。

 前原もミズキを伴って自分のアパートに帰ることになり、嬉しそうであった。


 ——さぁ、今日一日で、機械の結線と試運転までやってしまうぞっ!


 そう、従業員に檄を飛ばし、週初めの月曜日が始まった。


 午前中、早くも問題が発生した。

 各機械から出ている線を束ねて制御する「配電盤」がやって来なかったのだ。電気工事会社の社員が言うには、需要に供給が追いついてなくて、予想以上に納期が掛かっているということだった。


 ——なにを呑気なこと言ってんだっ! こっちゃ会社が生きるか死ぬかが掛かってんだぞッ!


 そんな風に激昂しても、無いものは、無い——、来ないものは、来なかった。


 結局、無為な日を二日も潰してしまい、ようやく「配電盤」がやって来たのは水曜日であった。その日の午前中で電気工事一式が終わり、機械への結線も終わった。

 あとは、自家発電機側に繋ぐだけであった。

 その前に、自家発電機に燃料を注入し試運転してみることにした。


 前原の指が【START】ボタンを押すと、大型トラックのエンジン音さながらの轟音を発して自家発電機はその巨体を揺らし作動し始めた。

 上部のダクトからはもくもくと白煙を吐き出している。


 ——このダクト、延長して外に出さなきゃいけませんね


 たちまち工場内は白煙に包まれてしまった。

 電気工事会社の作業員が「テスター」で規格通りの電流、電圧が出力されているか測定している。


 ——オーケー、ですっ!


 平田は、止めていた息を大きく吐き出して、ホッと胸を撫で下ろした。


 ——(よし、これでイケるっ)


 配電盤から伸びる線を自家発電機に接続すれば、機械は回るはずである。あとは検査機さえ運び出せれば、「転注」の危機は何とか回避できる。


 ようやく、機械が回る音が聞ける——。


 その最後の結線作業も終わり、自家発電機を再び作動させ、各々の機械の作動スイッチを押せば機械は回るはず……、だった。


 機械の担当従業員が、合図に合わせて、スイッチを入れたその瞬間、機械後ろの制御盤から火花が飛び、黒煙が上がった。


 ——止めろっ!!


 約、半数の機械から同じ現象が発生していた。

 工場内に何かが焼け焦げた匂いが充満し、一同は声も出せずただ呆然と立ち尽くしていた————。


 ——なんだ、なにが起こったんだ!


 平田は目の前で起こった現象の意味を把握できず、腰から下の力が抜けいく感覚に襲われていた。


 電気工事会社の作業員が、慌てて機械側の制御盤を開けて調べようとしてそこに見たものは、機械から伸びる配線が無残にも焼け焦げて、だらしなくぶら下がっている様であった。


 ——くそっ!!


 平田は、拳を固め机の天板を叩いた。

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