4-10 突貫
あくる、十一月 十七日(木曜日)————。
早朝六時に従業員を招集して、今日一気に移転作業を完了させることを告げた。
「マテックス」社のトラック3台に乗せた工場備品、材料、工具、事務ファイルなどが移転先に着いたのは午後一時を回っていた。
平田達は、早めに工場を後にしたものの、それでも4時間掛かった。どこも皆「復興」に向けて動き出している証左であった。
その日は、荷物の積み下ろしと、建屋二階の事務所部分の整備で陽が暮れた。困ったことに、クーラーが敷設されていなかったので、二階事務所内での作業は汗が吹き出て、何度もペットボトルの水を買いに走った。
——いくら、これから乾季*(1)に向かうからっていっても、クーラーなしはキツイなぁ
平田は額から流れ落ちる汗を作業着の袖口で拭った。
——はい。けど、此処はあくまでも仮操業の場所ですから、新たにクーラー設置はしたくないですね。余計な出費はできるだけ抑えないと……
事務所を預かる大代は首に巻いたタオルで汗を拭いながら応じた。
しかし、西陽の差し込む事務所内の温度は35度を超えていたであろう。結局、床置き式の冷風機を一台購入することにした。
一階現場は、もっと気温が上がるだろう。元の工場では完全空調だったので快適な作業環境に慣れている従業員は皆、一応に動きが緩慢になっていた。それでも1〜2ヶ月の辛抱だからと、大型の現場用の扇風機を3台購入するだけに留めた。この先、元の工場の復興費にいくら掛かるか分からない状況の中で、1バーツとて無駄に金は使いたくなかった。
翌日の朝、自家発電機が搬送されてきて、工場建屋の入り口近くに設置された。残るは、昼からやって来る機械10台を待つだけとなった。
その間も、固定電話の敷設工事、インターネット工事、コピー機の設置など細かい作業が淡々と続いた。
「レムチャバン」の倉庫には前原が行っていた。積み込みの際に機械をフォークリフトから落とされては困るので監視してなくてはならなかった。
結局、「レムチャバン」の倉庫を出たのは午前十時過ぎだった。予想される到着時間は夕方近くになるだろうと平田は計算していた。
——(今日は、金曜日か……明日の土曜日いっぱいで機械の結線工事と微調整まで済ませてしまいたいもんだな……)
来週早々から機械が回れば、なんとかT社向けの製品は間に合う。
——ポンサック、検査機を運び出すいい方法はないかな
——元の工場の事務局に電話で問い合わせしてみたんですが、今日現在で工場建屋内の水位は60cmくらいまで下がっているらしいです
——ということは、建屋の外は1mちょっと、ってとこか
——はい、ですので、なんとか建屋内から引っ張り出して、ボートに載せるか、なにか運搬手段を考えるしかないですね
その話に、大代が割って入ってきた
——計算してみたんですが、あの検査機の重量を200kgとすると、厚さ30cmくらいで、3m四方の発砲スチロールの板であれば、沈まずに耐えることができます……
平田は、前に大代と工場の被災状況を視察に来た時に見た、“簡易水上タクシー”のことを思い出していた。
——おおぉ、あれか……
——乗せさえしてしまえば、後は人が四方を取り囲んで、落ちないように支えながら押していけば、時間はかかりますが運び出せます
——ん、それでいこう。ポンサック、君はその発砲スチロール板をどこからか調達してきてくれんか
——わかりました。他の従業員と手分けして探してみます
こうして、移転作業は突貫工事で進んだ。
機械が回り、検査機さえ運び出せれば、なんとかなる————。
神が次々と繰り出してきた自分への「試練」も、ようやく終わりが見えたと思っていた平田に、最強のラスボスが襲いかかろうとは、まだこの時点で知る由もなかった。
第四章 「流浪の果ての安住」 了
いよいよ、物語は「最終章」へ。
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【脚注】
*(1)「乾季」:タイの乾季は概ね、十一月後半から四月末くらいとされる。
うち、十一月から二月くらいまではタイにも「冬」が訪れ、朝夕の気温も20℃くらいまで下がる日もある。北部山間部では稀に霜が降ったり氷が張ることもある。タイでは一番過ごしやすい時期で、航空運賃も「ハイシーズン」となり割高となる。この「乾季」の間はほとんど雨が降らず、首都バンコクは埃っぽい空気に包まれる時期でもある。
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