4-9 通告
あくる日、平田は「マテックス」社の小林に昨日見に行った貸工場のことを話して、そこに移る考えであることを告げた。
——そうですか、そりゃ良かったですね。私が今の場所を紹介したもんですから、ずっと責任を感じてたんですよ……
——いえいえ、あの時点では誰も此処まで水が来るとは思っていませんでしたし、御社にはいろいろお世話になって、有難いと思ってます
——そう言って頂けると、少しは気が安まります…… 移転の際は何でもお手伝いしますから遠慮なくおっしゃってください
——はい。で、早速ですが、
——了解しました。すぐに手配します
その日は従業員総掛かりで、“撤収”作業に入った。工場備品その他もろもろを明日移動させ、すぐにでも機械を搬入するつもりでいた。
その作業の最中、T社の鈴木社長から電話が入った。
——もしもし、鈴木ですが、今、ちょっとお話できますか
——ああ、鈴木社長、お世話になってます。はい、大丈夫です
——操業再開の目処はいかがでしょうか? 実は、ウチも来年早々より増産の指示が新たに本社からありまして、今年の計画の二割り増しを要求されてるんです
——そうですか…… やっと仮操業の場所が確定し、明日にはそこに移る予定です。最初に動いた此処もどうやら安住じゃないようでして
——なるほど、それは大変ですね。そんな時に言いにくい話なんですが、うちとしては今月いっぱいしか待てません……御社の製品が無ければラインは止まります。調達部門ではリスク管理の立場からも、御社以外の日系企業を探し始めてます
それは、一番恐れていた、最後通告————であった。
平田の心拍数が一気に跳ね上がった。
——いや、それは……転注だけは勘弁してください、社長っ! 何としても今月いっぱいで完全供給体制を作りますから、何卒、何卒……それだけは……
——はい、私も御社との取引を失いたくないですからね、出来るだけ購買の人間を抑えるつもりですが、彼らもラインを止められないという使命がありますから……そこんとこは分かってやってください
——はい、わかりました。必ず、必ずやり遂げますッ! 御社に切られることは洪水で会社を失うのと同じことですから、死に物狂いでやりますよ
——本当に申し訳有りません、御社の大変な時に……
——いえ、ビジネスはビジネスですから。こうして鈴木社長直々にお電話頂けただけで、有難いと思ってます
そう言って電話を切った平田であったが、いよいよ徳俵に足が乗ったことを知り、もうこれ以上の寄り道ができないと腹を括った。
すぐさま、運送業社に連絡を取り、「レムチャバン」の倉庫に保管してある機械の半分を移動させる日程を詰めることにした。
もはや一日たりとも無駄にはできない状況になり、あの日以来の緊張感が平田の身体に満ちていた。
今日は——————、十一月 十六日(水曜日)。
あと二週間しかない。
二週間のうちに機械が回って製品が作り出され、検査機を通過した品物が手元になくてはならないのだ。
一つたりとも、問題が発生することを許されない状況であった。
その日の夜、ホテルの窓から夜空を見上げて、一番輝いている星に向かって平田は祈った。
——(オヤジ……頼むッ! 助けてくれッ!)
神でも、仏でもなく————十年前に死んだ父親に助けを乞うた。
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