4-5 再来
十一月 八日(火曜日)。やつらが追いかけてきた————。
貸し工場での仮操業の準備も順調に進んで、早ければ今週末には稼働できるところまできた。残るは、検査機の運び出しの問題を解決するだけだと思っていた平田に、またしても試練が訪れた。
平田が、運送業者と「レムチャバン」の倉庫に保管してある機械の移動日を打ち合わせしている時、前原が血相を変えて小さな事務所に飛び込んで来た。
——社長ッ、たいへんです!
——なんだ、 何か問題か?
——とにかくちょっと来てくださいッ!
前原が貸し工場の裏の出入り口のドアを開け、外に出ていくその背中を追った。
貸し工場の裏には野球グラウンドくらいの空き地があって、その奥に川が走っていた。空き地の
つまり、この貸し工場のある地形というのは、川底よりも低い可能性があった。
平田は土手によじ登ってみて、愕然とした。
足元の
——今朝のニュースで聞いたんですが、ラッカバン工業団地に水が来たらしいんです。20cmほど冠水している映像を流してました。
「ラッカバン工業団地」は「スワンナプーム空港」に隣接する大型の工業団地である。平田らが宿泊するホテルかもらも近い。
——まさか……来るのか? ここまで!
——もしも、ラッカバン工業団地が完全冠水するほどの勢いなら、ここも危ないと思います。此処からはおおよそ直線距離で10kmです。バンパイン工業団地が冠水してからうちが冠水するまで何日かかったか、思い出してみてください
——バンパイン工業団地からうちの工業団地も直線距離で10kmほどだったな……そうか、それから計算すれば四、五日後には来るてことになるなっ
——ええ。あくまでも水の勢いが衰えてないことが前提ですけど、いずれにせよ危険であることは間違いないです
——おいおい……またかよ、また逃げなきゃいかんのか?
——幸いまだ機械は搬入されてませんから、今の状況なら半日で逃げ出せますから、ギリギリまで様子を見るという手もありますが
平田は、また苦しい判断を迫られた。
この貸し工場での仮操業を一刻も早くスタートさせなければ、来週いっぱいで、T社向けの在庫は尽きる。本社から送ってもらっている物も約束の応援期限の一ヶ月が近づいていて、その後の物の調達は頼めない。
危険が迫って、ここを逃げ出すにしろ、では次はどこに行くのだ。いったいどこなら安全だと言うのか————。
眼下の川のドス黒い水は、やつらそのものだった。
いくら逃げても、おいかけてやるぞッ!——、と言わんばかりに平田の足元の土を削って脅しをかけている。
その時、平田は自家発電機のことを思い出した。
——いかん、あれを沈めたら、とんでもないことなになる。下手すりゃ賠償問題になる……
——あ、そうか、あいつはすぐには逃せませんね
——来るのか、来ないのか…… なにをもって判断すりゃいいんだ
——あの時のように、ラッカバンが冠水したら——、という判断基準は通用しないかもしれません。この川の流れを見ていたら、ここが決壊するようなことがあれば、ものの一時間でこの貸し工場は水に沈むことだって考えらますからね
平田は、地形や周りの状況をよく調べずに安易にこの地を選んだ自分の判断の甘さを恨んだ。
——せっかく、ここまで積み上げてきたものを……
従業員十七名を含め、二十人近くの人間が、行先のアテのない放浪の旅に放り出されることになるのか、それは平田の判断にかかっていた。
平田は、薄墨色の雲に被った空を見上げ、瞑目しそこに問いかけた。
(どこまで、虐めたら気が済むんですかッ!)—————。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます