4-4 集結
十一月 四日(金曜日)————。
スクムビッツ「エカマイ」のバスセンターに、東北各地の田舎から従業員を乗せたバスが到着した。
大代とポンサックのピックアップトラック、そして「マテックス」社のトラック2台の計4台に同乗させて貸し工場のある場所まで彼らを運んだ。
同乗させて——、と言ってもトラックの荷台に乗せてである。それはタイではよく見かける光景で、屋台からテイクアウトした朝飯を食いながら、さながら遠足に行く小学生のように、皆はしゃいでいる。
半月ぶりに見る従業員の顔は皆、一層日焼けしていた。おそらく田舎の田んぼや畑で野良仕事を手伝っていたのだろう。
貸し工場に到着し、従業員を前にして、平田はここで仮操業を始めることを説明し、皆の協力を求めた。
その後、手当てしてあったアパートの部屋に、二人で一部屋の割合で振り分け、一人頭五千バーツの「支度金」を渡して、近くのホームセンターで生活に必要なものを買いに行かせた。
タイ人にとって、五千バーツの現金を渡され、それでなんでも好きなもの、必要なものを買っていいと言われれば、それは日本なら、盆と暮れが一緒に来た——と表現するようなもんで、みんな目を輝かせて買い物を楽しんでいた。
中には、必要最低限なものしか買わず、残りを現金で持っておこうとする者もいた。田舎の親に送金するのだろうか——。
その日はそれで散会とし、明日の朝、七時半にそれぞれのアパートに迎えに行くから出社の準備をしてアパート前で待つように——と、伝えた。
あくる日は、「マテックス」社が自社の倉庫で預かっていた工場備品や材料、事務ファイルなどを運び込んでくれることになっていたので、それを手伝いながら、工場内の整備をすることにした。
新しい工場を何も無い
電話回線の申請、事務機のリースの申し込み、ネット環境の構築など、事務所の環境を整えるだけでも一週間は掛かる見込みだった。
そこに、機械を運び込み、自家発電機と接続し、機械の設定微調整などを考えると、現場で機械が回り出すにはこっちも一週間は最低かかるんじゃないかと、平田は計算していた。
それは、何も、問題が発生しない——、という前提での計算だった。
その日の夜は、前原とミズキを連れて、「バンナーセントラルデパート」の中にある日本食焼肉屋店に出かけた。
——明日から、大変だしな、スタミナ付けとかんとな
そう言いながら、平田が一番行きたかったのだろう。日本の焼肉店で食べるそれに比べたら、美味くはない肉だったが、どんぶり飯と肉をたらふく食って、一息ついた。
——しかし、今日、びっくりしたんだけど、ミズキさん、タイ語どこで覚えたの?
従業員をホームセンターに引率した際に、ミズキは従業員と普通にタイ語で話をしているのを何度も見かけたのだ。
——あぁ、いつか、役に立つんじゃなないかって、五年前から少しずつ勉強してました。
——五年前って……前原くんの赴任が決まった時期だね
——はい。あの時はお父さんに猛反対されて、私もそれに逆らえないヘタレだったので……健二さん一人を行かせてしまうことになっちゃって
ミズキの横で、前原も神妙な顔つきでその話を聞いている。
——けど、今回のこの洪水騒ぎで、前原くんのことが心配で家出同然で出てきちゃったんでしょ?
ミズキが口を開く前に前原が話を受け取ってそれに応えた。
——年末に日本に帰ることが出来たら、もう一度僕からご両親にお願いに行こうと思ってるんです。
——うん、そりゃいい。誠心誠意話せば分かってもらえるよ、きっと
——平田社長さんも、お嬢さんいらっしゃるんですよね?
——ああ、今年、大学に入ったばかりのマンガバカだけどね
——もし、お嬢さんが、私と同じようなこと言って来たらどうされますか?
平田は、その問いにすぐさま答えられなかった。
——お嬢さんを、タイとか、外国に出すことに承知されますか?
ミズキの真剣な眼差しに負けて、重い口を開いた。
——反対するだろうね、一応は…… 。けど、やっぱり相手の男しだいだな、任せて大丈夫と思えれば、承諾すると思うよ。まっ、うちの娘の場合は反対したって、出ていくかもしれんけどね……あははっ
——健二くん次第だって。もういちど頑張ってよッ!
——ああ、うん
若い二人を前に、平田は娘の紗英もいずれはこうして男を連れてやって来るんだろうな、と娘を持つ男親の顔になっていた。
日本に置いてきた家族は、平田の窮地を知らないでいた————。
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