2-7 信頼
最初に、工場入り口に一番近い機械から搬出作業は始まった。
本来であれば、機械の命である主軸スピンドル部分をがっちり固定してから、レッカーで慎重に吊り上げトレーラーに降ろすのであるが、その方法だと一台の作業が終わるまで待たねばならなかった。平田は予めそのことを読んでいた。
急を要し、時間がない場合にはフォークリフトの二本の爪を機械底に差し込み、そのまま持ち上げて運ぶ——という手順を考えていた。
一台辺りの搬出作業に要する時間は半分以下で済むと計算していた。
ただ、その方法には大きな危険が付き纏う。
そう、フォークリフトの二本の鋼鉄の爪だけで外で待つトレーラーまで運ぶわけであるから、その安定性は誰が見ても危ういもので、バランスを崩して機械を落としてしまうという危険性を孕んでいた。
工場出口からトレーラーが待機する場所までには緩やかな勾配がある。それはタイのどこの工業団地の工場建屋もそのように設計されている。ちょっとしたスコールでもすぐに冠水してしまうというタイならではの事情を踏んでのことである。
1台目の機械がその危険ゾーンに差し掛かった時だった、機械が大きく前に傾きズリ落ちそうになり、フォークリフトの運転手は慌てて動きを止めた。
——きゃぁーーッ!!
それを見ていた女子従業員が一斉に悲鳴をあげた。
平田は、大声で指図をしながら駆け寄った。
———みんなで支えろッ!!
日本では、いや平時のタイでもこんな危険な作業を従業員にやらせれば、「労働監督署」からキツイ警告を受けてもやむ得ないくらいの作業であった。それを従業員に指図するのであるから、自分が先頭に立たねばならないと平田は真っ先に機械を支えに走る。後に前原、大代とそれに続いた。
そしてタイ人の男子従業員もそれに続き、なんとか機械を落とさず、トレーラーに積み上げた。
以後は、何人かが機械の横に付いて支えながら、積み込みが終わるまで機械を人が取り囲むように守りながら積み込んでいった。
午後、二時半過ぎ————。
やっと半分の機械の搬出作業が終わったところで、すでに工場前面のアスファルトは15cm程度、冠水していた。
急がないと間に合わない————。
平田は万ケ一のことを考え、荷積みが完了したトレーラーだけ先に出発させた。
最悪、この半分の機械だけでも生き残れば——、そう想いながらトレーラーの背中を見送った。
朝から水以外口にしていない身体に疲労が押し寄せる。作業着の下のシャツはもう流れる汗を吸わないくらい濡れていた。
しかし、皆同じだ、俺が一人休むわけにはいかない——と、自らを鼓舞し、再び号令を発する。
——あと、半分だッ!! 急げッ!!
誰ひとりも文句も弱音も吐かず、また作業が再開された。
平田はタイ人従業員に少なからずとも不信感を抱いていた自分を恥じた。
皆、自分の会社を守るために必死で動いて呉れている。危険を顧みず、腹を空かせ、足元を濡らし、汗だくになって————。
彼らのその姿を見て、目頭が熱くなる平田であったが、作業服の袖で汗を拭いながら、それを隠して、また彼らの群れに混じっていった。
——(なんとか、間に合ってくれっ!!)
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