2-4 支援
波立つ心を抑えるように、ゆっくりと紫煙を吐いていく。
ノートパソコンを開き、検索エンジンに「タイ・倉庫・保管」と入力し【EnterKey】を押した。
その時再び携帯電話が鳴った。見慣れぬ、番号からの着信だった。
——もしもし、平田ですが……
——ああ、平田さん? 鈴木ですが
——えっと……?
——あっ、T自動車の鈴木です
T社の鈴木
——あっ、鈴木社長、失礼しました、おはようございますっ!
——おはようございます。さっそくですけど、洪水、大丈夫ですか? 御社の工場のある団地近くまで迫ってると聞いてますが
——はい、私の判断では今週早々には来ると観ています
——それで、対策は? どうするおつもりですか?
——土嚢やブロック塀などの防御対策は終わってますが、明日の朝の状況次第では、機械設備を全て運び出すことも考えてます。
——そうですか、そこまで……何かお役に立てることはありますか?
——いま、頭を悩ませているのは運び出した機械をどこで保管するかなんです。洪水の心配のないタイ南東部の倉庫は全て当たったんですが、もう空きスペースが殆どなくて……
——それなら、うちのレムチャバン*(1)にある倉庫を使ってください。今、保管している資材は全部移動させますんで。
——えっ、そこまでして頂けるのですか?
——平田さんとこは、うちにとっても大事なサプライヤーさんの一社です。うちは従業員も協力会社も「家族」だってのが創業からの社是ですから
——ああ……有難いですっ!!、ほんと助かりますっ! 地獄に仏、って例えは悪いですけど、ほんと助かりますっ!!
——あはは、私は仏じゃないですけど、我が社の今があるのは協力会社の皆さんが支えて来てくださったからじゃないですか
——ありがとうございます。少し肩の荷が降りた気分です
——ではさっそく、手配しておきますので、後で部下から場所なんかをメールさせておきます。とにかく、この難局を乗りきってくださいねっ!
うちにできる支援はなんでもしますからねっ!
平田は、電話を切った後、携帯電話に向かって深々と頭を垂れた。
人の繋がりの有り難みは口にすることは簡単であるが、今の平田には身に滲みてそれを感じていた。
父親が死んだ日以来流したことの無かった涙が、瞼の裏に溢れ一筋こぼれ落ちた——。
昼過ぎになって、前原からもう一度連絡が来た。
——「ナワナコン」にはまだ水は入ってませんが、前面道路は10cmほど冠水し始めてます。それに団地裏の川の堤防もかなりヤバくなってて、いつ決壊してもおかしくない状況です
——そうか……どうやら最悪の事態は避けられそうにないな……
——気休めですが、水の進行スピードが落ちているとかいう情報もあります。やはり明日の朝にならないと「最終判断」は下せないと思いますが
——ん、わかった。もう一晩、ご苦労だがよろしく頼む。こっちは運び出した機械の保管場所が確保できたよ
——えっ、それは良かったですね! うちら製造業にとって機械は命の次に大事なもんすからね
——そうだな。設備さえ無事なら、いつでも、どこでもやり直しが効くからな。
——では、これからタイ人連れて飯食ってきます
——おう、なんか美味いもんでも食わしてやってくれ
平田はその夜、枕元の携帯電話がいつ鳴るかと気が立って、ほとんど一睡もできなかった————。
—————————————
【脚注】
*(1):「レムチャバン」
レムチャバンはタイ南部チョンブリ県にある、港湾町の名前でタイの代表的な港がある町である。外海に近く、タイに生産拠点を置く各国の自動車メーカーは此処から完成車の殆どを輸出している。
以下、ウィキぺディアからの引用———
『レムチャバン港は、コンテナ化に対応するために1991年に開港した国際貿易港である。開港後、急速な発展を遂げており、1997年に同国バンコク港の貨物取扱量を抜き最大の港湾となった。タイに立ち寄る国際的なコンテナ船航路のほとんどがこの港を使用している。』(引用終)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます