1-5 初日

 おでんの盛り合わせを二人でつつきあいながら、平田は前原からタイ法人「KUMADA THAILAND」の現状をかい摘んで聴取していた。


——で、業績はどうなんだ? 粗方は梶原常務から引き継ぎは受けているんだが、今年はどうなんだ


——ああ、お陰様でてんやわんやの忙しさですよ。連日、三時間残業って状況です。出来るなら夜勤シフトも組みたいくらいですね

——そうか。そりゃ結構なことだな。有難いことだよ

——現場も人が足りないですし、オーダーも半年先まで詰まってる状態で、なんとかしないと納入遅延が慢性的になってT社からはお小言では済まないことになります。

——そうか、そんなに納期遅れが頻発してるのか

——はい。さっそく今週にでも客先のトップにお会い頂く段取りになっています。赴任されて早々で申し訳ないですけど……

——いやいや、それが俺の仕事だから、それはいいんだが、抜本的に考えないといけないな、新規設備投資とか

——はい。梶原社長にはずっと意見具申してたんですが、なかなかご判断頂けなくて……

——ん、わかった。それも早急に対処しよう

——さすが、営業畑の平田常務、いや平田社長ですね、ご決断が早いです。ああぁ、なんか希望が出てきました

——君はいくつになった? 

——今年で三十五になります。三十歳でこっちに来ましたんで

——そうか、まだまだ若いけど、頼りになる工場長に成長したもんだな


 日本では三十五歳の若さで工場長というのは考えられないポストであるが、役職が人を育てると言うが、前原は立派に海外現地法人の工場長としての自覚と能力があるように思えた。


——しかし、よく降るなぁー、ずっとこんな感じなのか?


 街灯の光をかき消す雨の勢いが一向に衰えないのを、店の窓越しに確かめながら平田は前原に視線を戻して問うた。


——ええ、すでにチェンマイやイサーン(タイ東北部)では洪水になっていてかなりな被害が出てるようなんです。最近、工場の裏を流れる川の水も溢れんばかりに増水してますし

——そうか、やっぱり地球温暖化とかの影響なんだろうかね

——さぁ、でも、うちの従業員も今年はなんか、って言ってます。例年になく雨が多くて田舎で暮らす両親が心配です、とか


 タイに到着したその日に、平田の五感は得体の知れない“何か”を感じていたが、それも焼酎の酔いと共に一晩寝て翌朝には消えていた。

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