番外編  きみ恋し 出でる旅路は たのしけれ 揺れる想いは あきの藤花

その壱  朧月の内侍

 十二単のながく引く裳裾もすそさばきもあざやかに、娘はつぼねを後にする。その姿には、長々とした御説教に打ちひしがれ、萎れたようにうつむいていた様子など、微塵もない。

 また右から左へ聞き流したな・・・。

 それでいて、一言一句足りとて残さず記憶しているのだから、タチが悪い。この先、御説教したとき矛盾したことを言おうものなら、顔を上げて見詰めてくる。

 決して口答えするなどという、馬鹿な真似はしない。

 ただ無言で見詰め返してくるのだ。

 絵式部は開いた扇の影に、重いため息を吐く。

 娘はいそいそと足早に、局を右にと姿を消した。きっと乳姉妹であり、主でもある、宮姫さまが待つ西対屋にしのたいのやに向かったのだろう。

 本来なら、その真っ向ことなき忠誠心を誉め称えなければいけないのだろうが・・・・・・いざ事が起ころうものなら、大皇の宮さまにも平気で牙をむく。

 それは、すでに実証済みだった。

「ほんに、たいした娘たちを残してくれましたよ・・・」

 いまは亡き親友に、恨み言をこぼしてみる。

 しかし、心に浮かんだ彼女の面影は茶目っ気たっぷりに笑うのだ。

 その笑顔に、いつしか釣られて笑ってしまうのだから、まったく自分も愚かしい。

 いまでこそ美人の代名詞のように語られる彼女だが、その明るい口調と茶目っ気たっぷりのとぼけた言動から付けられた呼び名こそが、朧月おぼろづき内侍ないしだ。

「また姉上さまに、叱られてしまったわ」

 彼女が目を細め、くすくすと肩を揺すって笑うのはいつものこと。

「もう、やめてちょうだい! わたしまで一緒に怒られるのよ」

「ごめんね・・・」

 謝罪の言葉を口にしながら、そっと手を握っくる彼女の顔に反省の色は無い。

「次こそは、姉上さまがひっくり返るほど笑わせて見せるからっ。ねぇっ!」

 にっこり微笑み、こくっと顔を傾ける。

 その人懐っこさに、結局は誰もが許してしまう―――あの大皇の宮さまさえもが。

 あのいびつなギスギスした関係の宮中を、笑顔でひょうひょうと生き抜いた人。それが、朧月の内侍だった。

 そして最後まで、あの人は・・・。

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