神様のオトシモノ

夜更一二三

プロローグ 空から巨人が落ちてきて




 ある日、空から巨人が落ちてきました。


 大陸は一瞬暗くなり、影の正体に人々が気付いた頃にはもう遅い。

 大陸を真っ二つに裂くように、巨人の胴は地面に叩きつけられました。

 落下地点の地面は割れ、周囲の地面は押し上げられて山となります。

 落ちた衝撃は地震となって世界中に響き渡り、地震は海を大きく揺さぶり、巨大な津波を巻き起こします。

 海の向こうの島々や別大陸も海と揺れに呑み込まれ……。

 世界地図は一日にして大きく姿を変え、人々の生活は一瞬にして崩壊してしまうのです。


 アルフ歴100年、改めて巨人歴0年の出来事。

 それは主神アルフが世界を見捨てた年であり、世界の中心である大陸に、山脈の如く横たわる巨人が居座る事になった、新しい歴史の始まりでした。




 そう。それは歴史の始まりなのです。

 この世の終わりを思わせる出来事を経ても尚、人々は逞しく生きておりました。

 巨人によって創り変えられた世界は、ほんの少し装いを変えてしまいましたが、かつてと殆ど同じような生活を人々は取り戻しつつありました。

 それが巨人歴10年、現在のお話です。




 かつて栄華を極めた、主神アルフの教えを説く『アルフ教』は、巨人の災害と共に忘れ去られておりました。

 そんな世界で、アルフの教えを人々に伝える旅の修道女が一人。

 アルフ教特有の空色の修道服は、今では不思議な格好だ、と物珍しげに見つめられます。

 ベールからはみ出すのは雲を思わせる白いふわりとしたウェーブの掛かった髪。アルフ教の洗礼を受けたものの証である真っ白な髪もまた、今では珍しいものです。

 人々の奇異の奇異の目で見る視線も気にした様子もない修道女に、一人の少女が駆け寄ります。


「リンゴのお姉ちゃん!」


 修道女は少女に視線を合わせるように屈むと、慌てた様子の少女の頭にぽんと手を乗せ、ほんのり赤く染まった頬を緩ませ「大丈夫」と一言だけ囁きました。

 そして、未だ心配そうに瞳を揺らす少女の手に、懐から取り出した一輪の花をそっと握らせます。

 それは、巨人歴が始まって以来、時折見られるはやり病に効く薬草。

 薬草を受け取った少女は、目を潤ませて、修道女に抱きつきました。


「ありがとう……!」

「いいんですよ。『捜し物』は得意ですので。お母様が早く良くなると良いですね。ささ、お行きなさい。」


 少女は修道女から離れると、頭を下げてそこから急いで立ち去りました。

 少女の背中を見つめて、修道女は優しく微笑み、再び立ち上がります。 


 そんな彼女の背中に、声変わり前の少年の声が、クククと不敵に笑いながら語りかけます。


修道女エルポミエ。無償で子供の願いに応えるとは、何たるお人好しか。実に滑稽。呆れて流石に笑えてくるぞ。」


 修道女は、少し驚いた様子で振り返ります。

 そこには彼女と同じ真っ白な髪の、歳は10歳程の少年が、黄色い瞳を爛々と輝かせながら立っておりました。

 「にやり」の擬音が良く似合う、口を片方だけ釣り上げた、小憎たらしい笑みを浮かべて少年は修道女を見上げました。


「しかし、その捜し物の腕、実に素晴らしい。どうだ? ここは一つ俺の願いを叶える栄誉を与えてやろうか?」


 驚いた様子で少年を見ていた修道女ですが、それを聞き終わった時にはすっかり表情を変えていました。

 むすっと如何にも不服そうに。

 修道女は一言きっぱりと言いました。


「お断りします。」




 物語はここから始まります。

 捜し物の得意な修道女ポミエと、生意気で不遜な不思議な少年の出会い。

 その始まりは決して滑り出しのよいものではなかったようです……。




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