終章

終章

再び、荷車に乗り、松の国に戻ってきた杉三たち。

杉三「なんだか、けむりくさくないか?」

てん「そうですね。鉄を操業しているときの臭いとはまた違うような。」

杉三「それにしては、強烈すぎないか?なんかおかしいな。」

てん「そうですね、たしかに、、、。」

みわ「見てください大都督、村のほうから煙が!」

てん「えっ!」

杉三「ほんとだ!」

てん「急いでいきましょう!」

杉三「ほら、もっと早くあるけないのか!」

と、リャマの尻を叩く。

てん「リャマを叩いても意味はありませんよ!おちついて!」

杉三「ごめん。」

みわ「でも、杉ちゃんの気持ちもわからなくはないです。」

しばらく移動すると、松の林があるはずであるが、松はすべて燃えかすに変貌しており、強烈な煙の臭いが充満している。

てん「松が枯れてる!」

みわ「ここまで走らせると、紙工場のあたりにつくはずですけど、、、。」

ところが、紙工場も学校も、どこにもない。建物があるような痕跡もない。村は、何もない、ただの焼け野原になってしまったのである。

てん「これはつまり、、、。」

杉三「爆弾でも落ちたのか!」

声「おーい、杉ちゃん!帰ってきたのか。」

杉三「なんだ、声がする、、、。」

と、近くを見ると、洞窟があった。その中から、ぼろぼろになった着物を着た、水穂が出てきた。

杉三「水穂さん!どうしたんだよ!何があったんだよ!みんなはいる?」

水穂「いるよ。蘭も、華岡さんも、青柳教授も。」

てん「住民たちは?」

水穂「はい、この爆撃で、急いでこの穴に避難したのですが、学校と紙工場は完全に壊滅し、逃げ遅れた子供たちの八割から、九割は亡くなりました。ぼくたちも、防ぎようのない爆撃でした。」

てん「ど、どうして急に!」

水穂「とにかくみんなここへ入ってください!また爆撃される可能性もないとは言えませんから。」

みわ「わかりました!」

みわはてんを背負って荷車からおろす。杉三も水穂に助けてもらいながら荷車から降りる。

水穂は、その入り口に杉三を連れていく。中は空洞になっている。

水穂「ここに洞窟があったので、僕たちはとりあえずここに避難したのです。でも、あのようにされては、もう逃げる暇もありません。あの時、僕たちは、完全にさらし者でした。」

洞窟の奥には、小さな部屋のようなスペースが広がっていた。

水穂「この洞窟を見つけていたからかろうじて救われたようなものです。おい、杉ちゃんたちを連れてきたよ!」

蘭「杉ちゃん!」

中には、何人かの傷ついた住民たちが喘いだり、茶を飲んだりしている。その中で、やはりぼろぼろになった着物を着た、蘭、懍、そして華岡がいる。

杉三「蘭!」

蘭「よかった。てっきり爆撃に巻き込まれて、もうだめだったのかと思ったよ!」

懍「蘭さん、泣いてはいけません!それにここで喜ぶべきところではありません!皆さん、子供さんたちをなくされて、悲しみに暮れているわけですから。」

蘭「ご、ごめんなさい。」

華岡「それにしても、松野には全く歯が立たなかったよなあ。俺たちの911テロと変わらなかったもんな。」

声「杉三さんたち、ここにいたのですか。お約束通り、兵を連れて、まいりました。」

少しして、ビーバーたちが入ってくる。

ビーバー「ああ、こんな洞窟があったんですね。秘密基地みたいだな。」

懍「ええ、生前のぬるはち様が、何かあったらここへ逃げろとおっしゃっておられました。ただ、この洞窟がやられたら、もう終わりですけど、、、。」

てん「生前?では先代は、、、。」

懍「ぬるはち様は、爆撃で亡くなりましたよ。」

てん「亡くなった?」

懍「ええ。僕たちに、ここに逃げるように告げて、自ら爆撃に突っ込んで、逝かれました。一人で、その爆弾に向かっていったのです。もちろん、爆弾にかなうはずがありませんから、

松野には格好の獲物だったでしょうね。」

てん「そんな、」

懍「本当のことです。」

てん「ど、どうして、そこまで!」

懍「落ち着いてください。今更嘆いても意味はありませんよ。いくら後悔しても帰ってくることはありませから。そうではなくて、次に何ができるかを考えるべきでしょう。」

てん「そんなばかな、、、。」

みわ「一体、どのような形で松野はやってきたのでしょうか。」

華岡「それが、俺たちにもわからないのですよ。俺たちが、朝起きたら、いきなりどーんという音がして、六尺くらいの身長がある兵隊たちが、まるで化け物の様な巨大な車を走らせて、たくさんの丸いものを投げ落としていきました。その丸いものが落ちるとすぐに火を出して燃え、すぐに周りの建物も、松の木もみんな燃えてしまって、消すこともできず、俺たちは、こうして逃げるしかできませんでした。」

懍「焼夷弾のことですね。」

てん「そんなに威力の強いものだったのですか?」

華岡「そうですよ。一発の爆弾で、家一軒なんて全部焼けちゃったんだからなあ。」

懍「だから、そんな爆弾に、誰でも一人で爆弾にとびかかろうとしても無理でしょう。」

てん「どうして、、、!」

と、地面に突っ伏し泣きだしてしまう。

てん「遺体も何もないのですか?先代の。」

懍「ございません。今頃、松野の死体運搬人の手に渡ったことでしょう。それかとっくに、炎に燃えて、影も形もなくなっているかもしれない。」

てん「では、彼のしるしになるようなものは何もないのですか。」

懍「ございません。」

杉三「ある。」

水穂「あるって何が?」

杉三「蘭、彼に松を彫ってやって!」

みわ「彫る?刺青をですか?」

杉三「だって、それしかないじゃないか。遺体だって僕らは取りに行くことはできないんだ。体に、描いておけば、いつまでも忘れないでいられるよ!」

蘭「でも、道具がないよ。鍼もないし、入れる顔料もないし、それがなかったら、刺青はできない。」

ビーバー「安心してください。私たちは、兵の人数を把握するために、兵に入れ墨をする習慣がありますから、現在も所持しております。それをお貸ししましょう!」

杉三「やった!それで入れてあげて!大丈夫、この人は、刺青の世界大会まで出たんだから、刺青の達人です。きっとうまくいく!」

ビーバー「この中に入っております。鍼と、顔料です。」

と、蘭に、一つの桐でできた箱を差し出す。

蘭「僕は、手彫りしかできない。」

杉三「馬鹿、ここは電気なんてもとからないじゃないか!」

蘭「そうだっけね。」

てん「蘭さん、お願いします。ここに松を彫ってください。」

と、右腕の袖をめくる。

蘭「わかりました。」

と、ビーバーから道具を受け取って、てんの腕に顔料を付けた鍼を刺し始める。てんは、時折顔をしかめるが、淡々と蘭の指示に従う。

蘭「できました!」

と、最後の鍼を抜く。

蘭「よく、耐えてくれましたね!」

てん「ええ。先代の事を思えば、大丈夫です。」

周りにいる住民たちを見つめる。

てん「皆さま、めげてはなりません!わたくしたちは、なんとしてでも松野に立ち向かわなければならないのです!」

住民「無理ですよ。あれだけ、恐ろしいものを使って攻撃してくる松野には、とてもかないませんよ。」

住民「もう、勝敗ははっきり決まったようなものでしょう。」

住民「私たちは、ここで、集団自決するほかないでしょう。もう橘も終わりです。」

懍「いえ、そんなことはありません。」

てん「どういうことですか?」

懍「少しばかり危険な作戦ではあるのですが、僕たちは、ここで待つことが肝要です。生前の先代から聞きましたが、松野には弱点が一つあるのです。」

てん「弱点?」

懍「ええ。その通りです。それは、文明化しすぎて、民衆の不満がかなりあるというのです。もともと、女帝寧々が、ここを侵略しようと思ったのは、民衆に力があることを示すためです。文明は、豊かになりすぎれば、あとは消滅していくだけです。すでに松野たちはそれが近づいてきている。」

水穂「青柳教授、それはどういうことですか。教えてください。」

懍「こういうことです。ただいま、女帝寧々は、ここの侵略に夢中になっていますから、内政に関してはほとんど手が回らないでしょう。その間に民衆が反乱を起こす可能性がある。内部で反乱があれば、止めるのに苦労するでしょう。僕たちは、そこを狙い、松野の城に忍び込み、武器を奪って逃げる。そして、もう一度松野と戦う。こういう作戦なんですよ。少なくとも、松野たちは鉄の剣などを大いに所有していますから。それを狙うのです!」

てん「危険すぎます!それに反乱を起こすのは確実視してはおりません。」

懍「しかし、大都督、先代は、近いうちに反乱がおこるとおっしゃっていましたよ。それくらい、松野は荒れていると。」

ビーバー「武器を奪うは、私たちサン族にお任せください。あなた方は背が低いから、互角に戦うのは難しいかもしれませんが、わたしたちであれば、少しは対等に分かり合えるでしょう。」

懍「ええ、それに、民衆であれば、身長が六尺もあるものはあまりいないようですよ。なぜなら、松野では貧富の差が非常に激しく、五尺程度しかない松野族もいると聞かされたことがありました。」

杉三「それどこで聞いたんだ?」

懍「先代が、生前によく語って聞かせてくれたのです。松野は、鍛えられたものは非常に強大ですが、それ以外のものは、怠け者の豚とたいして変わらないか、政治に不満ばかり持つ、貧しい人々しかいないと。豊かすぎて、他の種族の噂話ばかりしていると。」

杉三「なるほど。僕らの日本人と同じようなものだ。」

懍「まあ、それはさておき、しばらくここで待機していなければなりません。松野はすぐに襲撃することはまずないでしょう。いろいろ、武器や兵やらの準備がありますからね。ここで待機していましょう。」

蘭「青柳教授は頭も切れるんですね。」

ビーバー「私たちも、この近くに基地を構えておきますから、安心してくださいね。皆さんはもう十分戦ったのですから、今度は私たちも一緒に戦います。」

てん「ありがとうございます!」

と、最敬礼する。


同じころ。松野族の街。主人不在の城。女帝寧々の補佐をしていた、側近さえが城にのこり、幾人かの臣下と政務をまとめていた。

さえ「女帝陛下は、正義のために戦いにいかれた。我々も、質素な生活をしなければならない。」

臣下「しかし、爆撃の兵器開発で、かなりのものを消耗しましたぞ。」

さえ「勝利すれば、大量の金が得られる。それで何とかなるはずである。」

臣下「そういいますけど、野分の復興費もかなりかかったのに、このまま、大戦争に突入したら、もっとひどいことになるのでは?」

さえ「うるさい。」

臣下「さえ将軍、女帝陛下があなたをここに残した意味を考えてください。」

さえ「私は将軍である!戦闘のために何もしない将軍などない!」

臣下「でも、それにこだわりすぎて、野分からの復興をお忘れでは?」

さえ「それは、戦争が終わってから考えればいい。」

臣下「それではいけないと、申しているのですが、、、。」

と、その時だった。

さえやそのほかの臣下の頭上に一発の大きな光が走った。やがて、ジャンジャンジャーン!と銅鑼を鳴らして、大人数の人間が、飛び込んでくる音がする。

さえ「な、なんだ!何があったんだ?」

さらに城の周りに、バチバチという音が聞こえてきて、まだ夕方には早いのに、城の周りは真っ赤に。

臣下「火だ!火事だ!」

臣下「何が起きた!」

さえ「橘の仕業か?」

臣下「違います!民衆が、爆弾を落としています!」

さえ「兵をだして、止めさせろ!」

臣下「しかし、兵のほとんどは、女帝様が連れていかれました!」

さえ「あるだけ全部集めろ、そして、すぐに鎮圧するように!」

と、その時、その兵たちが鉄の剣を振りかざして、さえたちの広間に飛び込んでくる。

剣を抜いて応戦するさえであるが、一人で応戦しきれず、あっという間まに、兵たちに囲まれて、ハリネズミのような状態に。

あっという間に彼女は床の上にばったりと倒れる。そして、城は火の海になり、瞬く間に焼け落ちてしまう。そして、城の金蔵に多くの住民たちが飛び込んでいって、金を好きなだけ盗って逃げていく。一部のものは女帝寧々の出陣した方向、つまり橘族の方向へ走り出す。


女帝寧々の基地。

臣下「申し上げます。陛下が、こちらへ攻撃をしている間に、城が、民衆の制作した爆弾によって焼け落ちました!さえ様も、討ち死にされたとか!」

女帝寧々「かまわぬ。放っておけ。」

臣下「しかし、女帝様の城も、金蔵も、皆焼失してしまったそうですよ!」

女帝寧々「いや、橘を滅ぼせば、同じくらいの金は取り戻せる。それの質が悪いものをそいつらにくれてやればいい!」

臣下「しかし、もう、民衆が、爆弾を作れる能力まで成長しているのです。一度、ここは城へ戻って、内政を立て直したらどうですか。いつまでも領土を広げることばかり、」

女帝寧々「黙っておれ!明日、橘を壊滅する!一日あれば、壊滅は十分にできる。」

臣下「しかし!」

女帝寧々「橘の壊滅など、簡単にできる。奴らは、何もないのだから。時間の無駄にはならない!内政のことは、そのあとで考えればいい!」

臣下「わかりました!」

と走り去っていく。


翌日の朝。兵たちの前に立ち、宣誓をする女帝寧々。

女帝寧々「いいか、相手は五尺に満たないたかが子供と似たようなものだ!必ず、全員を殺害して、大量にある金を入手すること!それを心して戦うように!松野であれば、橘はすぐに倒せる。」

兵たち「はい!」

女帝寧々は馬に乗る。

女帝寧々「では、突撃!」

兵たち「わああああっ!」

と、焼け野原になった橘族の村に猪突猛進に突進していく。サン族の兵たちがそれを向かえうち、刀と刀がぶつかる音が鳴り響く。当然のことながら、金の武器が鉄の武器に敵うことはなく、サン族の兵たちは次々に倒される。呆気なくサン族は倒れ、女帝寧々が、勝利の宣言を出そうとしたところ、急に激しい銅鑼の音が鳴って、一つの集団が、飛び込んでくる音が聞こえてくる。

声「まてえええっ!」

声は、後方から聞こえてくるので、女帝寧々は、後ろに振り向く。一体何だと騒いでいる間に、女帝寧々の兵たちが次々に倒され始める。

女帝寧々「誰が邪魔をする!」

声「俺たちだ!」

襲撃したものたちは、同じ松野族の住民たち。あの、土でできた家に住んでいた、貧しい住民たちである。同じ松野であるはずが、女帝寧々を襲ってきたのである。

女帝寧々「なぜ私を狙うのだ!」

住民「うるさい!お前が、俺たちのことをほとんどかまわなかった罰だ!さえは討ち取った!死んでしまえ!」

女帝寧々「何?さえを?」

住民「当り前だ。お前みたいに、俺たち平民には何も与えずに、お前たちだけ贅沢をしているような、そんな政府なんて信用するものか!もう一度言うが、お前なぞ、死んでしまえ!」

そういって、住民たちは、鉄の武器で襲いかかる。鉄の武器であれば、互角に戦えるため勝敗はなかなか決まらない。女帝寧々は必死に鉄の剣を振りかざす。武道の訓練のない、住民に比べれば彼女のほうが優勢になってくる。住民たちは、彼女の手により、次々と倒されていくのだった。その間、空が少しづつ暗くなっているのに誰も気が付かなかった。


と、


その時。

ざあーっという雨の音が聞こえてくる。

爆弾よりもすごい大きな雷の音。容赦なく雷が松野族たちを襲う。それでも、女帝寧々は武器を落とさない。残った住民たちも、懲りずに彼女に襲いかかる。もはや、サン族との戦闘ではなく、女帝寧々と住民たち、いわば、松野族同士の内戦となっている。雨と同時に、鉄の武器同士のかんかんとなる音が響き渡る。

と、同時に足元にころころと石が流れてきて、それがだんだん石だけではなくなって、土も含んだ水になる。さらに、急な爆撃機よりさらに大きな、どどどどどーっという音が聞こえてきて、一気に土砂が松野族の軍制の中に流れ込んでくる!そして、、、。

兵たち「わああ、土砂だ!山津波だ!」

兵たち「逃げろ!」

土砂は松野の兵たちにも襲いかかる。兵たちは逃げる間もなく一気に飲み込まれて行き、、、。



洞窟の中で避難している杉三たち。

杉三「すごい雨だな、、、。」

てん「これで、本当に襲ってくるでしょうか。」

懍「ええ、その前に、おそらく土砂崩れでも起きるでしょうね。」

蘭「じゃあ、僕らも、ここからは二度と出られないと?」

華岡「悪人たちはどうするんだよ!」

水穂「わからない。とにかくビーバーさんたちの報告をまとう。」

蘭「でも、大丈夫なんだろうか。」

水穂「いや、こういう時だからこそ、こうするしかないさ。僕らは欠陥者なんだから、戦うことなどできないじゃない。」

蘭「そうだなあ。お前、いざというときには強くなるな。」

水穂「そんなことないよ。欠陥者はこういうことしかできないからな。」

と、あたりが急に静かになる。まるで、恐ろしいくらい、怖くなるような静けさ、、、。

水穂「急に静かになったな。」

蘭「何かあったのでしょうか。」

てん「外に出てみましょうか。」

みわ「でも、そこを狙っているのかもしれません。静かにしたと見せかけて、私達が外に出た時を襲うとか。やめたほうがいいですよ。」

杉三「わかった。じゃあ、みんなを代表して、僕が様子を見に行ってきます!」

蘭「杉ちゃん、よせ!何を考えているんだよ!」

杉三「でも必ず誰かが見に行かなきゃいけないんじゃないの?襲ってくるんだったら、僕が受ける!」

懍「杉三さん、みわさんの考えのほうが正しいのかもしれません。今はまだ行かないほうがいいと、僕も思います。」

杉三「僕、行ってみるよ!」

と、車いすを動かして洞窟の外に出てしまう。

杉三「なんだ、雨なんて降ってないじゃないか!何も怖いことなんかない。行ってみる、なんだか、襲ってくることはなさそうな気がする、、、。」

蘭「まてよ杉ちゃん!」

蘭の言葉を無視し、行ってしまう杉三。

蘭「ああ、杉ちゃんはもうだめか、松野の餌食に、、、。」

と、両手で顔を覆って泣く蘭。

華岡「蘭、今頃泣くな!」

蘭「だって、、、。」

華岡「泣いたって仕方ないよ!」

蘭「だって、ぬるはちさんだけでなく、杉ちゃんまで失ったら、、、。二人とも永遠にかえって来ないことになるんだぞ!」

華岡「蘭、泣くなよ。俺だって泣きたくなるじゃないか!」

蘭「そうはいっても止まらないよ。いくら、馬鹿でも杉ちゃんは、、、。僕らの大事な、仲間でもあるんだから!」

みんな黙ってしまった。

シーンとした長い時間がたつ。やがて、洞窟の外に太陽が赤々と登ってくる。

声「女の人が死んでいる!」

てん「女のひと?」

みわ「女の人といいますと、、、。誰なんでしょう。」

てん「行ってみましょう!」

全員、洞窟の外に出る。


洞窟の外。穏やかな晴れである。空は見事な青空。静かな風も吹いている。

外は、おびただしい数の兵たちの亡骸。あるところは松野の兵、あるところはサン族の兵である。兵たちの顔は泥だらけ。そして、それを打ちのめすように、あるいは罰するように、松の木がおおいかぶさっている。

杉三「こっちです。こっちですよ!早く来て!」

蘭「杉ちゃん、生きてたのか!」

杉三「そんなことはどうでもいい。それより、すごいことになってるよ!この人は一体、、、。」

てんが、杉三のいるところへやってくる。

その女性の死骸を見た一同は、すぐに誰なのかわかる。

てん「女帝寧々、、、。」

みわ「どうなったのでしょうか。女帝寧々が、こんな形で、、、。」

と、近くで、一人の男性が立ち上がる。傷ついているが、命に別状はないようである。

水穂「こっちにビーバーさんがいます。」

杉三は、彼のほうへ急いで移動する。

杉三「ビーバーさん!大丈夫ですか!一体これはどういうことですか?」

ビーバー「こういうことです。女帝寧々が、ここへとどめを刺そうとしたときに、急な土砂崩れがあって、それに巻き込まれたというわけで。兵たちは、それによる圧死でしょう。ここの松の木が助けてくれたようなものですな。寧々は、松の木に頭を打たれたことによって倒れましたね。」

てん「松が、ですか?」

ビーバー「ええ、そういうことです。最も、私たちのところへせめてくる直前に、松野の民衆が武装して、女帝寧々のところへ襲いかかったらしいので、かなり兵力は弱まったことも、原因の一つかもしれないけれど、とにかくここにある松の木が、彼女たちを押し倒してくれました。」

杉三「松野の民衆が?」

ビーバー「ええ、そうですよ。相当な不満があったのでしょうね。松野の民衆は。きっと、貧富の差とか、税のこととかで、大変だったのでしょう。」

杉三「結局自業自得か!」

てん「そうなると、やはり、松の木は意思があるのですね!やっぱり!わたくしたちを助けてくださったことになりますね!」

ビーバー「ええ。松たちが自ら犠牲になったと言ってもいいと思います。」

てん「ではわたくしたちは、」

杉三「勝ったんだ!」

周りで万歳の三唱がおこる。

住民「万歳、万歳、万歳!」

てん「でも、勝ったからと言っておごってはなりません。勝利したのはわたくしたちではなく、松たちです。松がこうして犠牲になってくれなければ、わたくしたちは今、ここにいなかったかもしれないのです。ですから、彼らを弔い、もう一度この村をやりなおしましょう!」

住民たち「胴上げだ、胴上げだ!」

とてんの周りに集まり、彼を持ち上げて高らかに胴上げする。

住民たち「万歳!万歳!万歳!」

一生懸命拍手する杉三たち。

てん「わたくしをたたえるのではなく、ここにある、松たちをたたえるべきです。」

と、胴上げから降り、ビーバーに向かって右手を差し出し、

てん「ありがとうございました!」

と、深々と礼をする。

ビーバー「いえいえ、私どもも、自然の力に改めて触れて、感動いたしましたよ。」

てん「さあ、遺体の埋葬に取り掛かりましょう。ここに、記念碑をたてて同じことを二度と起こさないようにするのです。もう、文字というものがもたらされたのだから、宣誓を描くことはできますね!そして、二度と起こらないように警告することだってできるでしょう。文化は、繁栄のためだけではないのです。二度と同じことを起こさないように、警告するためにも存在するのですから!」

みわ「そして、遺体こそ見つからなかったけれど、私たちを守ってくれた、ぬるはち様の墓も。」

住民「そうか、俺たち、もう、記録することができるんだ!」

住民「そして、次の世代が繁栄していけるようにさせることもできるんだ!」

住民「車輪を使えば、体の不自由な人と、一緒にも暮らせるよ!」

住民「そうか、文字というものはこうして素晴らしいものだったんだな!」

ビーバー「私どもも、協力いたしますよ。こなごな島から、技術者も派遣いたしましょう。こちらが、完全に焼け野原になってしまいましたから、私どもの、こなごな島から、道具を持ってこさせるように命令を出します。」

てん「ありがとうございます!本当に感謝いたします!」

てんは、涙を浮かべて、もう一度ビーバーの手を握る。

住民「すごいなあ。こなごな島のサン族が、こうして手伝ってくれるとは思わなんだ。」

住民「それを引っ張ってこれただけでもすごいぞ。」

住民「信じられないよ。俺たちは、伝説の中でしか、知らなかったのに。」

ビーバー「いいえ、これからは、私たちこなごな島の住人も、定期的に訪問することにいたしましょう!皆さんは、弱い民族とされていますが、弱いのなら、私たちも同じ。弱いからこそ、うれしいことも悲しいこともあるのです!強い種族であれば、それがなくなって、松野と同じような運命をたどることになります。弱さがあるからこそ、感動というものがあり、繁栄というものがあるのですから!弱いからと言って、決して劣ってはおりません。わたくしたちは、二年、三年、五年、同じ暮らしができればそれでよいのです!」

杉三「こうして、友好関係が持てたことが、何よりの記念です。そして、それが当たり前になることが一番です。その当たり前に感謝を持てるのが、最高なのです!」

ビーバー「まず、もう焼け野原になってしまいましたから、建物を建てる材木を持ってこさせるようにしましょうね。」

てん「ええ、お願いします。」

ビーバー「そして、食品も少し援助しましょう。とりあえず、皆さん、青空のもと、何か食べてくださいね。」

住民たちは、おおと唱和して、村のあった方向に戻っていく。

みわが、杉三のほうへ近づいてくる。

みわ「杉ちゃんの発想はやっぱりすごいわ。」

杉三「ただの馬鹿!みんな馬鹿の一つ覚えだ。」

と、次第に、杉三たちの目の前の景色はだんだんに薄くなっていく。そして、、、。


杉三「あれ?」

蘭「帰ってきたのか。」

そこは杉三の家の台所。

置いてあった柱時計を見ると、時間は、五分しかたっていなかった。

水穂「すごい冒険でしたね。」

懍「教訓もありますね。」

華岡「おれは、本当にすごいことを学んだ気がするんだよな。文明が発展するのではなく、自然にかなわないから、発展しない。」

懍「ええ、彼らは、文明を発展させなかったから、勝利の喜びを得ることができたのです。

もし、文明が発展していたら、まず、悲しみしか得られなかったでしょう。」

杉三「何はともあれ、すごい五分間だったよな!」

終わり








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杉三異世界編 紙風船 増田朋美 @masubuchi4996

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