第17話
「どうしたんですか? もしかしてお口に合いませんでしたか?」
「え、あぁいや、すいませんちょっと考え事をしてまして……」
勇者召喚なんて誘拐と変わらない。だから召喚に応じなかった事に罪悪感などないし、今から勇者に成りたいとも思わない。
ただほんの少しだけ、ニルヴィーナ王国の行く末が気に掛かるのは事実だ。
かと言って、今から俺に出来る事なんて何もないんだけどな。
「所でゴトーさんの今後のご予定をお伺いしても宜しいですか?」
「予定ですか?」
「えぇ、先ほど店の前でお付きの方にお金の工面に行くと仰ってましたよね? もしかして何か商売でも始められるご予定でも?」
流石商人と言ったところか、メイビンは人好きの良い笑顔を浮かべている。
「いえ、商売と言うほどのものでも無いんですが……。そうだっ、メイビンさん。宜しければ魔石をお買いになりませんか?」
「魔石ですか。うーん……」
メイビンはうなり声を上げると、困ったように眉を顰めた。
何故だろう。魔石は専門外なのだろうか? となれば仕方がないが、俺としては出来れば少しでも顔を知った商人を相手にしたかったが。
「あまり興味は無さそうですね。残念ですが、他を当たってみます」
「そう言うわけではありません。ですが――」
と、メイビンの話を聞いてなる程と合点がいった。
この世界では、基本的に魔石の売買は冒険者ギルドを通して行われている。
理由は魔石を採取する者の殆どが冒険者で、ギルド自体が魔石の売り上げに依存した運営形態だからだそうだ。
ギルドを無視して、下手に大口の取引をしようものなら、目を付けられてしまう。
そうなれば、何かあっても依頼を受けて貰えなくなってしまい、護衛なしで街の外を移動することになる。
大きな商会であれば、専属の護衛を雇い入れることも出来るだろうが、自分では無理だとメイビンは肩をすくめた。
冒険者ギルドが魔石の取引を独占しているのか。殿様商売もいいとこだな。羨ましい限りだ。
「そう言う事でしたか、それは仕方がないですね。ではこれを買いませんか? 魔石では無いので問題ないと思うのですが」
言って俺はダンジョン・コアを取り出した。
ダンジョン・コアはかなり高価な品物だ。出来れば殿様商売でふんぞり返った輩を通したくはない。
どう考えても多額のピンハネ待った無しだからな。
「それは、ほ、本物ですか?」
メイビンは目を見開いて唇を震わせる。
彼からしてみれば、一生一代の大商いの筈だ。無理もない。
に、しても食いつきが良い。
「勿論です。どうぞ、手にとって確かめて下さい」
「はい……」
震える手で受け取る。ポカンとした顔で、コアと俺の顔を交互に見つめ返すと、上擦った声で言った。
「本物だ……、本物のダンジョン・コアだ……」
メイビンの確信めいた物言いが気になった。鑑定スキルでも持っているのだろうか?
「どうです? 私としては、出来ればメイビンさんと取引をしたいと考えているのですが」
俺が取引を持ちかけると、メイビンは間髪入れずに身を乗り出した。
「是非! っと、言いたい所ですが、私には荷が重すぎますな」
「まっいったなぁ……。どこか売れそうな相手をご存じありませんか?」
「そうですなぁ……。正直なところ、これほどの品はこの街の商人では扱いきれない気がしますなぁ。ギルドにお売りになる気はないので?」
「えぇ、冒険者ギルドを通したら、とんでもない額の手数料を取られそうな気がしましてね」
俺が言うと、メイビンは名残惜しそうな顔でダンジョン・コアを返してきた。
「まぁ、そうなるでしょうな。となると、もうオークションぐらいしか思い付きませんね」
「オークションかぁ。それこそ伝手がないときびしそうですね」
「一週間後に、ちょうど王都でオークションがあります。それに出してみるというのは?」
そう言えば王都で闘技祭があると言っていたのを思い出す。
悪くない案かもしれない。観光がてら王都に行ってみるか。
『ヘルプ、王都まではどれぐらい掛かる?』
【馬車で5日ほど掛かりますが、マスターの場合は数時間で移動可能です】
数時間か、意外と近いな。冒険者ギルドで魔石を換金した後でも間に合いそうだ。
しかしいきなり行って相手にして貰えるだろうか?
「メイビンさん、宜しければお手伝いしていただけませんか? 勿論報酬にはそれなりの額をお支払いします。そうですね、利益の2割でどうでしょう?」
「えぇぇ?! そんなに? 良いんですか、私で」
予想外の返事が返ってくる。最初に2割の報酬を提示して、そこから交渉を始めようと思ったのだが、むしろ多過ぎたようだ。
メイビンは鼻息荒く大声を張り上げた。
「私としてはメイビンさんに間に入っていただけると助かります。この国の事には疎いですし、オークションに参加するのは初めてですから。無理にとは言いませんが、お願いできませんか?」
「無理だなんてとんでもない! 是非とも私にお任せください。きっとお役に立って見せます!」
「こちらこそ宜しくお願いします」
………………。
…………。
……。
メイビンと今後の予定を決めてから店を後にした。
出発は二日後の朝。メイビン所有の馬車での移動となる。
空を飛んでいけば数時間でつくらしいが、せっかくの機会だ、馬車での旅というものを経験してみたい。
ファンタジー世界を馬車で旅する。想像しただけでワクワクが止まらない。
明日は冒険者ギルドで魔石を換金がてら、登録して身分証を作りにいこう。
あーヤバいな。楽しみ過ぎで顔がニヤケる。
「って、お前らまだやってたの?」
「申し訳ありません……」
店を出ると、ミーナはいまだ駄々をコネていたようで、相手をさせられているウェイターもウンザリした顔をしていた。
よくもまぁ粘ったものだ。しかしそれもここまでだ。これ以上は流石に看過できない。
「ミーナさん、自分の気持ちに真っ直ぐなのは悪いことではありませんが、最低限のマナーは守ってください。アナタはグレイブを含め、ここにいる全員の顔を潰したんですよ?」
「いや、あの、その……」
「言い訳は結構です。帰るぞグレイブ」
「はい、かしこまりました」
こっそりとウェイターにお金を握らせ、その場を後にした。
俺は元気な若者は好きだが、馬鹿は嫌いだ。とくに後先考えない自分勝手な馬鹿は。
グレイブにどうにかしろと言って置いたのに何をしていたんだろう。
もしかしてコイツは自分がすべき事を理解していなかったのだろうか?
宿に帰ったら説教してやらんとな。今後もこれでは先が思いやられる。
宿に帰る道すがら、俺たちは終始無言で歩き続けた。
ミーナは今にも泣き出しそうな顔で、俯きながら後を付いてきている。
あれだけ言っても帰らないとは見上げた根性だが、正直ウザイ。
グレイブも宛にならないし、自分で対処するしかなさそうだ。
「ミーナさん、そろそろ仲間の元へ戻った方がよろしいのでは? きっと皆さん心配してらっしゃいますよ?」
「そう……ですよね……。あの、さっきはすいませんでした。私、帰ります」
ペコペコと頭を下げて走り去って行く後ろ姿を眺めながら、グレイブのケツを蹴り飛ばす。
こんな時間に、女性一人で帰すとは何事かと。俺の記憶を覗けるのなら、厨二ノートばかり読んでないで少しは常識を学んで欲しいものだ。
にしても、この世界でも謝罪するときには頭を下げるんだなぁ。
「主様、私も行った方がよろしいでしょうか?」
言ったそばから、今にも走り出しそうなマルテの首根っこを掴む。
これ以上ややこしくせんでほしい。
「お前は行かんでいい」
「あ、主様……」
「なんだ?」
「もしかして、嫉妬……ですか?」
「違うわ!」
頬を赤らめながら見上げてくるマルテを見て後ずさる。
しまった、コイツが一番ややこしい奴だった!
絶体絶命?! 勇者爆弾! ヤマダ リーチ @ri-chi_yamada
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