第16話

「遅くなってすいません」


「いえいえ、私もちょうど今ついた所ですから」


 軽く挨拶をかわしてからメイビンオススメの店とやらへ向かう。

 因みにだが、時間に遅れたのはマルテのせいだ。キャッだのイヤンだの相手を煽るせいで、次から次へときりがない。

 あまりにも面倒だったので、途中から声を掛けてきた瞬間にぶっ飛ばしてやった。

 それでも遅刻するのだから、いかにナンパの数が多かったのか察しが付くだろう。


 それよりもグレイブだ。待ち合わせの場所にやって来たと思ったら、女同伴で来やがった。

 俺があんな目に合っていたというのに、これは一体どういう事だ?


「グレイブ、そのお嬢さんは何故付いてきてるのかな?」


「はい、なにやらコチラの方向に用事があるようで」


「エヘヘッ。来ちゃいました」


 ましたぁ。じゃねぇよ! 腕なんぞ組みやがって……。

 どうみても用事なんて言い訳じゃねぇか。こんな爺のどこが良いんだか。


「そうですか……。それよりお前にやって貰いたい事があるんだが」


「はい、何なりと」


「マルテは知ってるな?」


「はい、ヘルプ殿より事の顛末は聞き及んでおります」


「そうか、なら話が早い。明日にでもコイツを連れてレベル上げに行ってこい。俺はその間に今後の資金を稼いでくる」


 マルテの襟首を掴んで持ち上げるとグレイブへと投げ飛ばす。

 腰元を抱き抱え、見事に受け止めると、マルテはそのまま腕にしがみつくように歩き出した。

 見ればミーナとマルテはグレイブを挟んで、睨み合うように火花を散らしている。


 なんだ? マルテまでグレイブに惚れているのか? 

 一悶着起きそうな気配を感じる。まぁいいか、グレイブがどうにかするだろう。


 これ以上は面倒見きれん。ストレスで爆発してしまうわ!


「かしこまりました。して、いかほどまで上げれば宜しいでしょうか?」


「うーん、取り敢えずナンパ野郎を自力で蹴散らせる程度には鍛えておけ」


「御意」


「すみませんグレイブ様。ご面倒おかけします」


「うむ、気にするな。それよりも一刻も早く力を取り戻すことを考えよ。主の迷惑にならぬようにな」


「はい、頑張ります!」


 と、小さくガッツポーズ。あざと可愛いマルテを見てミーナが舌打ちする。

 もうどこか余所に行ってやってくんねーかな……。


 案内された店は、どこか落ち着いた雰囲気の煉瓦づくりのレストラン。

 ドレスコードがあるのか、ミーナだけが入り口で足止めをくらっている。


 そもそもミーナは部外者なんだよなぁ。このまま帰ってくんねぇかな?


「申し訳ありませんがその格好ではちょっと……」


「どうしてですか? これだって立派な神官服ですよ?」


「それはそうなのですが、そこまでボロボロになってしまっては」


 確かにミーナの身なりは、どう見ても仕事帰りの冒険者そのもの。

 所々が破れて、血糊ちのりまでついている。

 荒くれ者でごった返す酒場ならいざ知らず、この手のレストランでは断られて当然だ。


「メイビンさん、我々は先に行きましょう」


「いいんですか?」


「良いんですよ。あんなものは痴話喧嘩とさして変わりません。我々が付き合う必要も無いでしょう」


「そうですか、分かりました。では参りましょう」


 未だにウェイターと擦った揉んだしているミーナ達を置いて中へ入る。

 ルールを無視して我を通そうと言うのなら、それなりの力が必要になる。

 これでミーナも学ぶだろう。と言うか学んでくれ。


「グレイブ、俺は先に行く。あれはお前が何とかしろ」


「は、はい、かしこまりました……」


 少し頭に来ていたので、言葉がキツくなってしまった。それだけなのだが、その場にいた全員がピクリと身体を震わせると、脅えた表情で俺を見ている。

 なぜだ? そこまで酷いことを言ったつもりは無かったんだが……。


【マスター、殺気が漏れています。このままですと死者がでる可能があります】


『え? マジか、そりゃまずいな……』


 俺は殺気だけで人が殺せるのか? 魔王かよ! こりゃあ下手に怒ることも出来んな……。


「はははっ……。ささっ、メイビンさん、行きましょう」


「え、えぇ」


 得意の愛想笑いで誤魔化すと、メイビンを促し今度こそ店内へと足を踏み入れた。


 中はそれぞれのテーブルが個室になっていて、窓一つ無い薄暗い雰囲気。

 照らす灯りは蝋燭だけで、隠れ家的演出が伺える。

 メイビンによると、邪魔をされたくない商談などをするときに、よく使う店らしい。


「ここで合ったのも何かの縁です。まずは乾杯しませんか?」


「良いですね。是非」


 食前酒。シャンパンで乾杯をした後、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

 前菜には白身魚のカルパッチョ。メインディシュは牛ヒレ肉のステーキ赤ワインソース仕立て。

 スープは山の幸をふんだんに使ったキノコのクリームスープ。

 本当にここが異世界かと疑いたくなるような逸品ばかり。


「ところで、メイビンさんは私に何か興味がおありのようで」


「勿論ですとも。そのお顔立ちもですが、アナタのお連れの方も素晴らしい鎧に身を包んでおられる。これで興味を持たない商人がいるのなら、私は引退を進めますね」


「グレイブの鎧に目を付けるのは分かりますが、私の顔立ちですか……」


「えぇ、黒い髪に黒い瞳、堀の浅い目元に薄い唇。すばり、アナタは勇者様ですね?」


 メイビンは確信に満ちた目でこちらを見つめてくる。


 あぁ、そういえば元々は勇者召喚が発端だったな。すっかり忘れていた。

 しかしメイビンですら勇者召喚の事を知っているとなると、この世界では意外とポピュラーなのかもな。


「残念ながら私はそんな大それた御方とは違いますよ。しかし勇者ですか……。この国ではそういった噂でもあるんですか?」


「まさかご存知ないので? つい先月、各国で大規模な勇者召喚が執り行われたばかりですよ?」


 各国ときたか。つまり勇者は複数人いるわけだ。しかも1ヶ月前となると、俺が飛ばされた時間とのズレがあるな。


『ヘルプ、時間のズレは何故起きたかわかるか?』


【申し訳ありません。勇者召喚に関してはデータの閲覧にロックが掛かっておりまして……】


『そうか、まぁいい気にするな。分からない事を楽しむ余裕ぐらいはあるさ』


 メイビンが何処まで知ってるかは分からないが、一般常識程度は聞いておいた方が良いだろう。


「私は東にある島国の出身でしてね。その手の事には疎いんですよ。もしよろしければ、お話を聞かせていただけませんか?」


「えぇ、私の知っている事で良ければ――」


 この大陸には、聖剣を有する八つの国が存在する。

 一つ、大陸唯一の宗教国家、テオニル聖法国。

 二つ、大陸唯一の帝国、ヴィシュトレル帝国。

 三つ、魔法至上主義を掲げる、ハリギッド魔法王国。

 四つ、騎士の国と謳われる、ガルドレイア王国。

 五つ、エルフが納める大国、エルブンヘルム皇国。

 六つ、古のドラゴンが守護する国、ドラゴアーデ王国。

 七つ、獣王の治める国、ベルセフェウス獣王国。

 八つ、妖精女王が治める国、ニルヴィーナ妖精王国。


 それらの国々が同時に勇者召喚を行った。理由は、聖法国の巫女が魔王の誕生を預言したからだという。

 しかし、そこで一つの問題が起きてしまう。ニルヴィーナ妖精王国が、勇者召喚に失敗したと言うのだ。

 この歴史上、他に類を見ない非常事態に、各国の王達はとある決断を強いられた。


――ニルヴィーナ妖精王国に、聖剣を有する資格なし――


 七カ国が同時に出した声明に、当然の事ながらニルヴィーナ妖精王国側は難色を示した。

 そこで八カ国は合同で闘技祭を執り行い、代表戦で勝った者が聖剣の管理者となる事を取り決めた。

 その大規模な大祭は、今いるこの国。ガルドレイア王国の王都で開催されるらしい。


「へ、へぇ……。それはニルヴィーナ国も大変ですねぇ……」


「ですなぁ。聖剣を失えば、国家としての威信は地に落ちるでしょうな」


 一通り話を聞いた結果、完全に俺のせいだという事が分かった。


 あぁ……、これはヤバいやつだ。

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