魂の叫び声

 まだ明け切らぬ夜空の彼方が、ほんのりと薄明りを迎える頃。


 腕の中で寝息を立てているシルルースの黒髪に頰を寄せて、うつらうつらとしていたレイスヴァーンが、何かが近づく気配を察しておもむろに目を開けた。

 すぐ脇の地面に横たえておいた剣を指先でなぞりながら、もう一方の腕で少女の華奢きゃしゃな身体をしっかりと抱き寄せると、小さなあえぎ声がかすかにこぼれた。あどけない寝顔をのぞき込み、ゆっくりと静かな寝息が戻るのを待つ間に、早番の傭兵達が眠っていた天幕に柔らかな明かりが灯った。

 感覚を研ぎ澄まし、忍び寄る足音が間近に迫るのを感じながら、レイスヴァーンは剣の柄を静かに握りしめた。

 

「おいおい、冗談だろう? レイスよ、嬢ちゃんを見張っておけとは言ったが、添い寝しろとは言わなかったぞ」

 耳慣れた声が静寂を破った瞬間、レイスヴァーンは全身の力がすうっと抜け落ちていくのを感じた。

 さも愉快そうに片眉を吊り上げてこちらを見つめている男から漂うのは、濃厚な花の香りだ。一夜を共にした女の残り香だろう。故郷の砦の女達が男の気を引くためにまとっていた甘ったるい香りを思い出して、レイスヴァーンは眉根をひそめると、うんざりした表情でギイを見上げた。

「真夜中に寝床を抜け出してきたんだよ。風の音が気になって寝付けなかったらしい。しばらく話し相手をしているうちに……」

 不意に、少女との不思議な語らいを思い出してギイから視線を逸らすと、レイスヴァーンは心の中のわだかまりを吐き出すように深い溜息を吐いた。

「……いつのまにか眠り込んでしまったんで、そのまま眠らせておいただけさ」


 ギイが、ぐっと顔を寄せて少女の寝顔を覗き込み、ふうん、と鼻を鳴らす。

「昼間はやけに表情の乏しい子だと思ったが……こうして見れば、愛らしい顔で眠ってるじゃないか。で、この寝顔に魅入っているうちに、我を忘れて居眠りしちまったってわけか?」 

 若者の頬がぴくりと引きつるのを目にして、ギイが低い笑い声を漏らした。

「しかし、身の危険を感じなかったのかねえ……護衛とは言え、出会ったばかりの男に抱かれたまま眠っちまうとは。目が見えない分、勘が働くんだろうが……まあ、お前が女子供に呆れるほど甘いってことは、そうでなくとも分かっちまうがな」

 片膝を付いてシルルースの頭をそっと撫でるギイの顔が、急に険しさを増す。

「だがレイスよ、お前の優しさに漬け込もうとする女もいるってことは忘れんでくれよ。痛い目に合うのは一度で十分だろう?」

 少女の生暖かい吐息を胸元に感じながら、ギイの言葉が持つ警告の響きに、レイスヴァーンは「分かっているさ」と苦々しくうなずいた。

「何はともあれ、嬢ちゃんを寝床に戻してやった方がいな。ウィア、だったか? あの娘が目覚めて、その子が消えちまったと大騒ぎする前に……」

 レイスヴァーンの肩越しに天幕の入り口に視線を投げたギイが、ちっと舌打ちして「もう起きちまったか」とつぶやいた。


 天幕から姿を現したウィアが、切羽詰まった様子で落ち着きなく辺りを見回している。隣で寝ていたはずの少女を探しているのだろう。寝乱れた長い髪を気にする素振りも見せず、動揺を隠し切れずに立ち尽くす姿は、傭兵達の前で妖艶に微笑んでいた娘と同じとは思えぬほど、心許こころもとない。


 不意に、レイスヴァーンの腕の中で身をよじったシルルースが、くしゅんと大きなくしゃみをした。

 ぎょっとした顔で音のした方に視線を向けたウィアが、焚き火の前に座り込んでいる男達の姿を捉えて、全てを察したかのようにあんぐりと口を開けて眉を吊り上げた。

「やれやれ、嬢ちゃん……いくらなんでも、間が悪すぎるだろう」

 苦笑いするギイをよそに、レイスヴァーンの胸元に柔らかな頬を押し付けて夢の中を漂う少女が、もう一度、くしゅんと小さく身を震わせた。

 

 途端に、ウィアが弾かれたように駆け出して、天幕に背を向けて座っていたレイスヴァーンの目の前に回り込んだ。決まり悪そうに口元を歪める男の腕の中で、穏やかな寝息を立てているシルルースを目にするや否や、顔を真っ赤にしてわなわなと震え出した。

「ちょっと……嘘でしょう? あんた、また性懲りもなくシルルースに手を出したのね! 護衛が聞いて呆れるわ!」

 両のこぶしを震わせて声を荒げたウィアが今にもレイスヴァーンに殴りかかりそうになるのを、ギイが素早く羽交い絞めにして押しとどめた。

「しいっ! 朝っぱらから大声を出さんでくれ! まだ寝ている奴らを起こしちまうだろうが」

「離してよっ! この子が居ないって気づいて、私がどれだけ心配したと思ってるのよ! あんた……レイス、とか言ったわよね? まさか、シルルースが大人しいのを良いことに、夜中に言葉巧みに誘い出して、ひどいことしたんじゃないでしょうね!」

 身体を押さえ込まれたまま金切り声を上げ続けるウィアの耳元で、驚くほど低い声がささやき掛ける。

「おいおい、妙な勘ぐりは止せ。お前さんが呑気に眠りこけている間、レイスは嬢ちゃんを守っていたんだぞ。夜気の寒さにさらされんように自分の毛布でくるんで、一晩中、ああして抱きしめたままでな。あいつを、お前さんの馴染みの男共と一緒にするんじゃない」


 飄々ひょうひょうとした雰囲気を持つ男が発したとは思えぬ冷ややかな言葉に、ウィアが、ぶるりと身体を震わせた。が、それも束の間、美しい顔を歪ませて首をひねり、背後から自分を押さえ付けているギイに刺すような視線を向けた。

「……何のことよ? 馴染みの男だなんて……そんなの、知らないわよ!」

「だから、大声を出すなって! ああ、くそっ、頼むから暴れんでくれ!」

 首元に回された腕に噛み付こうとする娘を何とか傷つけないように押さえつけながら、ギイが呆れ果てたようにレイスヴァーンに目をやった。いつの間にか少女を抱えたまま立ち上がっていた若者も、困惑の色を隠せずに口元を歪めている。腕の中では、周りの騒々しさにようやく目を覚ましたシルルースが、寝惚けまなこをこすりながら、くわあっと小さな欠伸あくびをした。


「馴染みなんかじゃ……あいつらが勝手に……私を押さえ付けて……力尽くで……! あんただって、あいつらと同じよ! 人殺しと女をはずかしめることしか能のない傭兵のくせに、偉そうに命令しないで! 離してよ……痛いじゃない、離してったら!」

 髪を振り乱してギイの腕から逃れようともがく娘の声に、シルルースは夢現ゆめうつつのまま耳を傾けていた。

「……ウィア?」

 躊躇ためらいがちに名を呼ばれて、ウィアは息を呑んで動きを止めた。身体を押さえつけていたギイの手がゆっくりと離れても、自由になったことさえ気づかぬ様子で呆然とその場に立ちすくんでいる。

「シルルース……あんた、いつから起きていたの? 今の話、聞いて……?」

 レイスヴァーンがしゃがみ込んでシルルースをゆっくりと地面に降ろすのを目にしながら、ウィアはひるむように後退あとずさりを始めた。

 次の瞬間、男の腕の中からふわりと飛び出した少女が、行かないでと言わんばかりに小さなてのひらを懸命に差し伸ばして駆け寄って来た。

 はっと我に返ったウィアが、ぴたりと足を止める。


「ウィア……泣かないで」

 しがみつくように抱きついてきた少女を両腕でしっかり受け止めると、ウィアは引きつった笑みを浮かべて声を張り上げた。

「な、何言ってるのよ……泣いてなんかいないわよ! ちょっと、気が緩んだのよ……そうよ、それだけなんだからね!」 

 言葉とは裏腹に、涙がぽろぽろと頬を伝い落ちる。


 男の欲情に汚され続け、恐怖と絶望にむしばまれた姿をさらけ出すまいとして、かたくな魂が『触らないで』と泣き叫んでいる。その声に耳を傾けながら、シルルースはウィアを一層強く抱きしめた。

「分かってる……ウィア、大丈夫。私の前では強がらないで」


 ウィアが驚いたような吐息を漏らすのと同時に、彼女の身体にまとわりついていた黒い影が苦しそうに揺らぐのを感じて、シルルースは少しだけ首を傾げた。娘の背中に回していた手に力を込めて、黒い影を引き剥がそうと指先を動かしてみる。が、起き抜けの身体では思う通りに力が入らない。不甲斐なさに唇を尖らせて眉根を寄せると、ウィアの肩に頭をもたせかけ、口をもごもごとさせて小さな声を出した。

「ウィア、あの人は悪くないの。私が勝手に天幕の外に出たの。なのに、あの人……レイスヴァーンはとがめもせずに、話し相手になってくれて。でも私、いつの間にか眠ってしまったみたい」

「あいつ、本当にあんたに何もしていないのね? その……あんたが嫌がることとか……」

 ふるふると首を横に振る少女に、ウィアは安堵の息を吐くと、シルルースの身体に両腕を回してしっかりと抱え込んだまま、冷え切った瞳でレイスヴァーンをにらみつけた。

「今日のところは見逃してあげる。けど、シルルースに手を出したら、次は承知しないから。この子は大神殿の『巫女』になるのよ! だから、清らかなままでいてくれないと……困るのよ」


 うなるように絞り出された最後の言葉が、ウィアの身体にまとわりつく黒い影と混じり合って不気味にうごめいたような気がして、シルルースは薄紫色の瞳を凝らして宙を見つめ続けた。



***



 朝の冷たい空気の中。


 シルルースとウィアが湯気の立つスープを頬張っているその横で、レイスヴァーンが明らかに不満気な顔をギイに向けている。

 どこ吹く風といった様子のギイと、凍てつく視線の若者のそばで、天翔あまかける竜の意匠が施ほどこされた濃紺の外衣を身につけた二人の兵士が、はらはらと成り行きを見守っていた。


 

 ほんの少し前、近くを通り掛かった男達が『王都軍の衛兵』であるのは、その外衣の紋章からも明らかだった。これから『砦』の領主の館に赴くつもりだと言いながらも不安を隠し切れぬ様子の二人に、ギイが何の気なしに「大丈夫か?」と声を掛けたのがいけなかった。

「実は、いきなり訪ねたところで、門前払いを食うんじゃないかと心配で……ギイさん、やっぱり、一緒に来てもらえませんかねえ?」

 口にしていたスープを思わず吹き出したギイに、隣に座っていたウィアが「ちょっと、もう! 汚いじゃないの!」と怒号を浴びせる。

「参ったな……勘弁してくれ。俺が行ったところで、卑しい身分の傭兵如きが何をかす、と一笑に付されるだけさ。お前さん達の身分は、その『紋章』が保証してくれるんだろう? なら、しゃんと胸を張って『天竜の名のもとに』とか上手いこと言って頼み込めばいことだろうが」


 夜番で冷え切った身体に温かいスープを黙々と流し込んでいたレイスヴァーンが、ふと手を止めて物憂げな声を出した。

「『王都軍』に所属する身分だからこそ、余計に不安なんだよ。『大神殿の護衛』こそ『天竜の統べる王国ラスエルクラティア』を守護するに相応ふさわしいと信じて疑わない王侯貴族の中には、王都軍を『故国を捨てた裏切り者の寄せ集め』と卑下するやからが多いからな」

 身分の高い者に対する侮蔑とも取れる言葉を平然と口にする赤毛の傭兵に、驚愕の眼差しを向けた男達が「まったく、その通りで……」と情けない声を出した。

 聞けば、二人とも貴族とは名ばかりの領地さえ持たぬ没落家系の出身らしい。

「幼い頃から叩き込まれた剣術の腕を天竜様のために役立てたいとラスエルクラティアの王都軍に志願したものの、大神殿に使える高位の貴族達の横暴に何度も悩まされ……この砦のご領主もアルコヴァル王家につながる家柄だと言うから、『王都軍の紋章』など意に介さず、相手にされないのではと……」


 生半可な剣の腕と高潔な魂だけを携えて意気揚々と故国を後にした若者が、思い描いていた理想と現実の狭間はざまで失望し、心を打ち砕かれる……厳しい身分制度に縛られる「大陸」ではありがちな話だ。

 つまらぬ理想など捨てて、生き延びようとする本能だけを頼りに戦場に立つことさえいとわぬ覚悟があれば、心の赴くまま自由に大陸を駆け巡ることが叶うと言うのに……レイスヴァーンには、目の前で思い悩む若者達の姿が、故国を離れる以前の自分と重なって見えた。


「アルコヴァルは元々、大陸を旅する隊商が経由地として作った集落に端を発する商人の国だ。高位の貴族なんぞ、この国には初めから存在しない」

 レイスヴァーンの棘を含んだ物言いに、先程まで萎縮しきっていた衛兵達が、ぽかんと口を開けた。にやにやと薄笑いを浮かべるギイの視線を腹立たしく感じながらも、レイスヴァーンは淡々と言葉を続けた。

「この国の王族も、元を正せば、悪どい商売で巨額の富を築き上げた豪商の家系だ。四方を守る『砦』も、元は護衛として雇われていた傭兵や武器商人らが築いたものが要塞都市に発展しただけのことだ。『高貴の血』なんてのは、権力を握った奴らが弱者を従わせるためにでっち上げた妄想に過ぎない。気に病むことなどないんだ」


 呆気に取られたまま赤い髪の傭兵から視線を外せずにいる男達をよそに、ギイが、ひゅうっと口笛を鳴らした。

「お前にしちゃ珍しく雄弁だなあ、レイス。雄弁ついでに、お前がこいつらと一緒に領主の館に出向くってのはどうだ?」

「……ギイ、俺は夜番明けなんだ。これを食い終わったら一眠りするつもりだよ」

 不満気に片眉を吊り上げると、レイスヴァーンは器に残っていたスープを飲み干した。

「だがなあ、レイスよ……『天竜の紋章』を刻んだ剣を布切れに包んだまま旅の荷物に紛れ込ませておいたところで、宝の持ち腐れってもんだろうが」

 天竜の紋章、と聞いて、王都軍の衛兵達が目を丸くして顔を見合わせた。その様子を面白そうに眺めながら、ギイはレイスヴァーンの手から器を取り上げると、ぽん、と肩に手を置いた。

「アルコヴァル王家につながる家系といやあ、お前だって負けちゃいない。そうだろう、レイスヴァーン・エルランシング?」

 アルコヴァルを守る『南の砦』の一族の名を耳にして、兵士達が驚きに震えるのを横目に、レイスヴァーンが故郷の言葉で忌々しそうに何ごとか毒づいた。隣でスープを頬張っていたシルルースは、赤毛の傭兵の言葉に風の精霊達が騒然となるのを感じて、不思議そうに首を傾げた。

「……妾腹の子だぞ。気位の高い奴らからすれば、王家に繋がる血筋を汚した忌まわしい子なんだ。高位の貴族から相手にされないのは、俺も同じだよ」

「そのくせ、未だに『砦』の領主の血族だけに許される家名を名乗っている……その辺りが、謎なんだよなあ」


 眉間の皺を一層深くするレイスヴァーンをよそに、赤毛の傭兵をまじまじと見つめていた衛兵の一人が、突然、あっと大きな声を上げた。

「確か、エルランシング家で『天竜の紋章』をまとうことを許された庶出の子が居る、と大神殿で聞いたことがある。『黒のエルランシング』には珍しい赤毛だったもんで、高位の貴族の子らとのいさかいが絶えなかったと、神官達がぼやいていたんだ。で、結局、故郷の『砦』を追い出されて大陸を流離さすらっている、とか何とか……」

 レイスヴァーンの肩に手を置いたまま、ギイが懐かしそうな表情を浮かべて大きく頷いた。

「そうさなあ。青臭い若僧が一人で大陸をさ迷っているうちに心がすさんじまって、傭兵なんぞに身を落とし、戦場で少々人を殺し過ぎちまったんだよなあ。おかげで妙な渾名あだなまでつけられて……それが、今じゃこの通り。たまに毒を吐くくらいで、出会った頃と比べりゃあ随分と穏やかになったもんだ」

 がはは、と大きな笑い声を上げながら、ギイは肩に置いていた手をおもむろに持ち上げて、赤い髪をくしゃりと撫でた。その手を、わずらわしそうにレイスヴァーンが払い除ける。

 先程大きな声を上げた衛兵とは別の男が、悲鳴とも叫びともつかぬ声を上げた。

「赤い髪の、エルランシング……って、思い出した! まさか、あの、『血染めのエルランシング』?」


 その名の響きに、精霊達が、ざわりと身震いした。


 刹那、激しく吹き荒ぶ嵐の中に放り込まれたような感覚を覚えて、シルルースは両手で耳を覆い、まぶたをきつく閉じて、唇を噛み締めた。戦場を駆け抜けた風の精霊達の色鮮やかな記憶が、頭の中に止め処なく流れ込んでは消えていく……


 せ返るほどの血の匂いが辺り一面を覆い尽くしている。

 突如として命を断ち切られ、恨みに黒く染まった魂が、この世界に想いを残したまま「安息の地」へと旅立つことを余儀なくされる。

 安息の地で浄化された魂は、かつて心をむしばんだ苦しみも、悲しみも、愛した者たちの優しい記憶さえも忘れ去り、再びこの世界に舞い戻る。そしてまた、己の命を断ち切るやいばさらされて、この世界から呆気なく姿を消す。

 血にまみれた手でその刃を振るうのは、まだ年若い長身の戦士だ。凍てついた心を抱えたまま、炎の色にも似た赤い髪を風になびかせ、緑玉の瞳に狂気の光を宿らせて、血飛沫しぶきを浴びながら戦場を駆け巡る……



 突然、鋭い悲鳴と共に地面に突っ伏したシルルースを見て、ウィアが驚きの声を上げた。咄嗟に駆け寄ったレイスヴァーンが少女の身体をすくい上げる。が、小刻みに震える手が、傭兵の大きな手を払い除けた。

「……シルルース?」

 戸惑いながらも少女の名を口にした男に、おびえきった薄紫色の瞳が向けられる。

「シルルース! ちょっと、シルルースったら……ねえ、しっかりしてよ! 私よ、ウィア、分かる?」

 傭兵の腕の中で身体を硬直させている少女に、ウィアが必死に語り掛けた。折れそうに細い腕が、おずおずと声のする方へ差し伸ばされると、レイスヴァーンは唇を噛み締めて目を細めたまま、シルルースの身体から手を離した。


 しばらくの間、ウィアの首に両腕を回してしがみついたまま、しゃくり上げる少女の背中をぼんやりと見つめていたレイスヴァーンが、何かを吹っ切るように天を仰いで溜息を吐くと、王都軍の護衛達を振り返った。

「眠気が失せた。仕方ない、一緒に行ってやるよ。剣を取って来るから、ここで待っていてくれ」

 不機嫌極まりない声でそう言い捨てると、さっさとその場を立ち去った。


 何が何だか分からぬまま言葉を失って立ち尽くす兵士達の姿が余りにも滑稽で、ギイが思わず吹き出して大笑いを始めた。その向こうずねを、ウィアが思い切り蹴りつけた。

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