フゥリの調査

古賀 理

コンビニプリズン

 横断歩道の白線に反射した光が冷たかった天然水のペットボトルを照らし、ぼくの影の上に小さな虹を作っていた。ペットボトルの水はもう半分も残っていなかった。周囲に人影はなく、時々車が通り過ぎるだけだった。

 信号を待っていると、

「うう……暑い。ちょっと外に出てもいい?」

ふいに、彼女がそう言った。

「分かった。信号を渡った先にコンビニがあるから。そこに寄るね」

人気のない道を渡り、雲一つない空から降りそそぐ日光を避けるようにコンビニの前に腰を下ろした。熱くなったランドセルを開けると、その中から彼女が頭を出してきた。

 彼女はトーノセ、身長およそ30cm。大人の女性を比率はそのままに小さくしたような姿をしている。ある目的のために彼女は「作られた」。

 「早くコンビニに入ろう?もうランドセルの中のペットボトルぬるぬるだよー」

「うん。分かった。急ぐね」

ぼくは急いで手に持っていた無くなりかけのペットボトルの水を飲んだ。

「次は凍っているのを買ってね。すぐ冷たくなくなっちゃう」

「うん。あったら買うね」

 さっきから「うん」とか「分かった」といってばかりだ。いや、出会ってからずっとこの調子かもしれない。……まあ悪いことではないかと思いなおす。そして、飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨て、コンビニの中に入った。


 「あー!あったあった。ほら、後ろの冷凍庫の真ん中の段」

「あったね。凍ったの。目的地のスーパーまであと少しだから帰りまでもつと思うよ」

ふと、店員さんの方を見た。店員さんは「作りこまれた」笑顔を見せた。そういえば、コンビニの店員さんも「作られて」いたのだった。


 仕事をさせるため、会話を楽しむため……、様々な目的で様々な存在を人は「作る」ようになった。大きさ、形状は様々。「作られた」ものは目的に応じた普通ではありえない機能を発揮することができる。今は誰でも「作る」こと、「作られた」ものが「作る」ことができるため、様々な問題が起きている。

 それで調査が行われているが、公的な調査機関の手では調査しきれない。それで様々な私的な調査が行われている。ぼく達は研究所に所属して調査をしている。今はスーパーで起きた事件について調査すべく、スーパーに向かっている。


 「どれにする?いくつか種類があるけど」

「好きなのにしなよ。最後はフゥリくんが飲むでしょ」

ぼくの名前はフゥリという。

「よし、これにしよう」

一本手に取り、レジに向かった。

「すみません。これください」

ぼくは店員さんを見上げるような格好になった。


 ランドセルの中からぬるくなったペットボトルを取り出し、買ったペットボトルを入れ、

「じゃ、私入るね。あと少しで目的地だけどそこまでのあいだ休ませて」

トーノセさんに入ってもらった。

ぬるくなったペットボトルを手に持ち、外に出ようとした。しかし、

「あれ」

「どうしたの?」

「ドアが開かない」

ぼくがいくら力を込めても開かなかった。


「もう、しょうがないなあ。私が開けるよ」トーノセさんはそう言うとランドセルから飛び降りてドアを押した(そのドアは自動ドアではなく、押し扉だった)。彼女はぼくより力があるから開くかもしれない。

「うーん、見てないで一緒に押して」

「え、そんなに硬いの?」

ドアが古いから硬いのだと思っていたけれど。入る時はすんなりと入れたのに。もしかしてコツがあるのだろうか。

「こういう時は店員さんに訊いた方が……」

と言いながらレジの方へ振り向いた。携帯の警報が鳴った。不自然に電波が途切れたときに鳴るものだ。いつの間にか店員さんはいなくっていた。灯りも消えていた。

 もしかしてこれは……。



 スーパーで買い物を終え、外に出ようとした。しかし、ドアが開かなかった。いつの間にか明かりが消え、人もいなくっていた。買ったものを食べ、床に横になって一晩過ごした。翌朝、ドアを開けてみるとすんなりと開いた。人と明かりが戻ってきた。

 この証言を元に調査しようとしていたけれど、この状況は……。

 「うむ。これぞミイラ取りがミイラになるというものですな、フゥリくん」

「トーノセさん、お気楽過ぎるよ……」

それに使い方ちょっと間違えている。証言した人はちゃんと帰ってきているからね!

「ラッキーだったって思えばいいじゃない。ここで調査ができるんだから」

彼女はさっきからずっと凍ったペットボトルに抱きついている。コンビニ内も随分冷えているというのに。寒くないのだろうか?

「そのランドセルぶつけたら?対「作られた」ものでしょう?」

確かに「作られた」存在を打ち破るための武器になるけど。

「さっき試したよ?」

完全に弾き返されてしまった。

「してくれてたんだ。ありがとう。秘技を教えてあげるからもう一度試してくれる?」

「何者なの!?」

「まずはスクワットとかえる跳びね」

「スクワットはともかく、かえる跳びはダメだからね!」

そう答えてぼくは商品を調べる作業に戻った。

 商品を手に取り、ルーペをかざす。反応無し。もし、「作られて」いるものなら反応する。おそらく商品棚に「作られた」ものがあるだろう。

 もし、証言が本当ならスーパーとコンビニの両方に何か「作られて」いるものがあることになる。しかし、大掛かりなものを「作る」となると絶対に気づかれる。何しろ、コンビニには24時間店員さんがいる。常に監視の目があるのだ。何か小さな細工が「作られて」いるはずだ。

「トーノセさん、「虫祓い」してくれる?」

目に見えないほど小さなものが「作られる」ことがある。トーノセさんはそれを消し去ることができる。この行為を「虫祓い」という。

「やっておいたよ」

「いつ?」

「フゥリくんが商品棚を調べているとき」

全然見てなかった。彼女は続けた。

「そのあとドアを開けようとしたけど開かなかった。あと、レジの方も調べたけど怪しいものはなかった。裏口も一応調べた」

「ありがとう」

いったいどこにあるのだろうか?


 彼女の横に座り込んだ。外の景色が見える。雲一つなかった空に雲が漂い始めていた。影は傾き伸びていた。ここに来た時のような引き締まった影はどこにもない。時々、車が通ったがコンビニのことを黙殺していった。どうしたらいいのだろう。

 彼女はペットボトルを抱え込み、眠っていた。あのあと、彼女はいろいろなところを調べてくれた。背の届かないところ(商品棚をよじ登ってくれた)、狭いところ……。少し無理をさせてしまったかもしれない。

 彼女が調べてくれているとき、ぼくは手持ち無沙汰になっていた。そのときに彼女が登るのを手伝ったり、調べたところを図に描き起こすべきだった。しかし、ぼくは既に調べたところを調べていた。それをして何になるだろう。ぼくは彼女に甘え過ぎていると思う。「うん」とか「分かった」といってばかりだと思ったくせに。

 少し冷えてきた。彼女を起こさないようにペットボトルから離し、タオルの上に寝かせた。彼女の上にかけるハンカチは重かった。



 ぼくはノートを取り出し、既に調べたところを書き出していた。図に描き起こす。図のほとんどが×印で埋まった。今この状況で調べられていないものは……あった。早速ルーペで確かめる。これだ。ぼくはテープを取り出した。


「はっ、ここはどこ?」

「コンビニの外だよ……」

寝ぼけているのか、それとも状況が把握できていないのか。

「どうやって外に出たの!?」

「原因になったものを封じて。ほら、そこにある」

そこには透明なテープでグルグル巻きにされたペットボトルが転がっていた。テープは「作られた」ものの効力を封じる。テープ同士が自動的にくっつき合い、密閉する便利なアイテムだ。

「ねえ、このペットボトルって……」

「うん。ぼく達が買ったものだよ」

氷はほとんど溶けきっていた。

「多分、最初は冷凍庫の中に目に見えないほど小さな状態で隠れていたと思うよ。それがぼくがペットボトルに触れた瞬間に集まり、付着、結合して効力を発揮したんだと思う」

「そのあとは?」

「触った人にも付着、効力を発揮。ペットボトルを基点にしたんだと思う」

彼女はふんふんと頷きながら聞いていた。

「証言した人は何か冷凍されたものを買ったのだと思う。その後、脱出を試みるも失敗。仕方なく買ったものを食べ、一晩過ごした。その食べたものの一つに冷凍されたものがあったんだと思う。包装に付着していた「作られた」ものは冷しておくものがなくなり揮発して効力を失ったんだと思う」

そうしておけば証拠がなくなり調査されても気付かれ難くなる。何しろ時間が経てば空気中に消えてしまうのだから。効力を発揮し続けて捜索、調査の手で見つかるよりいいと考えたのだろう。

「ふうん。分かった。ありがとね」

彼女は納得したみたいだ。

ただ、ぼくにはまだ言うべきことがある。


「ごめん」

「どうしたの突然?」

「ぼくは、トーノセさんに頼り過ぎていた。あなたが調べているとき、ぼくは何もしていなかった。調べているふりをしていたんだ。調べたところを描き起こしたり、登るのを手伝ったりすべきだったんだ。だから……」

「いい、いい。そういうのは」

彼女は少し微笑みながら続けた。

「気付いてくれればそれでいいの。いつも、何でもとは言わない。でもいつか、ちゃんと気が回るようになっていろいろしてくれるようになったら、うれしいな」

「うん。分かった……」

本当になれるだろうか?でも、もしなれるなら、そのときは彼女のためになりたい。

 

「さっ、帰りましょ。報告もしなきゃ」

「あ、そうだった」

結局、目的地であるスーパーには到着していなかった。

「スーパーの調査をまだしていなかった」

「そのことも含めて報告ね」

「うう……。うまく嵌められたようで悔しいなぁ」

「脱出できたし、正体が分かったんだからいいんじゃない?」

「うん。そうだね。帰ろうか」

まばらな雲が黄金色に輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フゥリの調査 古賀 理 @satoshi-koga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ