第15話 童話

私はすずみにベランダに出ていた。軍服の下は汗だくだった。少し呑み過ぎたのか。足がふらつき、思わず手摺てすりつかまった。

良く手入れされた庭が窓から漏れた光で、おぼろげに照らし出されていた。天井にはホログラムで雲や月が浮かんでいる。ウッド・デッキも良い具合に古びていて、此処ここが地下100m下の土の中とは思えなかった。百年前はこういった風景が極当たり前の、ありふれた物だったのであろうが。自分が生きている内は、雪と氷の無い風景など拝めそうにはない。

ガラスドアが開いて、ライネルト少佐が外に出て来られた。

「どうした、少尉。逆上のぼせてしまったか?」

「はい、少々」

「はは。馬鹿騒ぎに思えただろう?」

「はぁ……」

「新聞班の方はどうかね? もう一人前かな」

「いえ。戦地から送られて来る記事の校正で、毎日てんてこ舞いです。他にもお茶くみとか何やら、雑用もこなさなければならず」

「そうか」

「ええ。田舎を出る時は、最前線に赴くんだとばかりき込んでいたんですが」

「行きたいかね、最前線に?」

「はい!」

と、私は酒が入っていたせいか、力強く答えた。

「ふむ……何か理由でもあるのかい?」

理由。それは。

「少佐はスネグラーチカの事を御存じでしょうか?」

「……」

と、少佐は途端に目を丸くなされた。

「スネグラーチカの事を何処どこで?」

「いえ、偶然に。本当に、偶偶たまたま、何かの間違いで機密文書を見てしまって……少しだけですが」

「どの程度?」

「スネグラーチカが王国や帝国の脅威になるだとか、国民の耳に入れてはならないだとか。冒頭の、ほんの数行だけを」

少佐は何も返事なさらない。庭先を、その遥か先を見つめられているようだった。

「スネグラーチカとは何なのですか?」

「何だと思う?」

「敵の新型機ですか?」

「……」

と、少佐はまし顔で、お答えにならない。

「ヒイラギウムのような新元素?」

全く微動だにしない。

「スネグラーチカ……雪娘。ロシアの民話に登場する、ジェド・マロースの孫娘。その髪は美しく、白く輝く」

私は舞台上で、一人芝居を演じる役者のようだった。

「最後は、夏の儀式で、溶けて消えてしまう」

私は改めて少佐に向き合った。

「スネグラーチカとは一体何なんです?」

「知りたいかね?」

「はい」

「秘密を守れるかな?」

「私が、ある瞬間に対して……とどまれ、お前は美しい、と言ったら」

「もう君は私を縛り上げてもいい」

少佐に先に台詞セリフを言われてしまった。

「あはははっ」

と、少佐は無邪気に高笑いされた。

「よし! では、君に話して上げよう」

私は息を飲んだ。

「スネグラーチカの話を。雪原のメルヘンを……」

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