第5話 尋問

「入りたまえ」

わたくしティル・シュライベンは、発電機ゲネラートァの如き心臓の鼓動伝わる右の掌で班長室のドアのノブを回し、中へと入った。

「御呼びでしょうか、班長殿!」

「……」

バイエルン陸軍省報道局新聞班長、ヴィルヘルム・エヴァルト少佐は椅子にもたれ掛かったまま、口を開かない。室内は暖房が効いているはずだが、私の背筋は凍り付いて、今にもぽきりと折れてしまいそうだった。喉が乾いて、カラカラする。

「シュライベン少尉。君は何を見たのかね?」

「あっ……その……」

「ん?」

「き、機密文書を……」

「そこには何が書かれてあった?」

「えー、スネグラーチカに関する詳細と書かれていました」

「その先は読んだかね?」

「冒頭だけで。国民の耳には、という所までであります」

「ふむ」

班長は机の上に置かれた私のタブレットを軽くはたくと、

「で、君は何を見たのかね?」

「ですから機密文書を」

「シュライベン少尉。君は何を見たのかね?」

私の言葉をさえぎった班長のそれは、鋼鉄で出来た拳の如く重く、壮大で、あふれんばかりの威厳に満ちていた。

「いえ、何も見ておりませんっ!」

「よろしい。全て忘れてしまうのだ、シュライベン少尉」

「はっ!」

「下がって、任務を続けたまえ」

「はっ!」

と、私は反転しかけたが、そうともいかない。

「ん、まだ何かあるか、少尉?」

と、怪訝そうに班長が問うた。

「私のタブレットを。それが無いと仕事になりません」

「んん……よし。ウッベン大尉に書類を作ってもらって、主計課から新しいタブレットを受け取って来るのだ、少尉」

「はっ!」

私は何とか難を逃れたが、朝から数時間掛けてやっつけた校正を、また一からやり直さなければならなかった。

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