第12話
避けて通れる道を避けて通らない。
超巨人機グスタフの周囲を飛び回りながら牽制する「タガメ」の巨人。
いくつも避ける方法はある。いくつも逃げる道はある。
だが「タガメ」は避けない、逃げない。
これはゲームだ。心のなかで一番進みたい道を選ぶ自由がここにはある。
一番通りたい道、正面突破。ゲームの王が行く道を通らせてもらう。
低速誘導弾を発射し、敵の防衛能力をみる。いきなり近接するのは怖い。
グスタフの各所にある機銃砲座が誘導弾を追う。自動追尾の動きではなく手動のようだ。
「何人乗っている?」
「タガメ」は考える。人型兵器の操縦は極めて困難なもので、その習得はそうそうできるものではない。しかし、手足、砲座、監視と役割を分担し複数で行えばそれは容易なものとなる。
ただしその際には、全てを一体として扱う巨人機の強みはほとんど失われてしまう。それを補うための超巨人機なのか?
圧倒的な防御力と攻撃力で敵を圧する。ちまちまと回避する必要もない。グスタフの機動力のなさはその現れか。
「タガメ」は数手でこの正体不明機の内実をほぼ捉えることができた。攻撃の時だ。
ホバリングと空中機動を合わせたステップで敵の迎撃を翻弄する。そしてそのステップを突然変更する。予測した動きの真逆に飛び、敵の眼球運動よりも早く動き懐に飛び込む。
二つ三つと機銃砲座を潰す。子供が大人の背に周り次々とナイフを突き立てるように。
振り回される腕をかわして離れ際にライフルを1マガジン撃ち込むが、これは厚すぎる装甲を無意味に鳴らしただけだった。
「装甲の、スキマに、当てなきゃ、ダメか」
ジェットコースターよりも過激に上下する機体の中で考える。再び腕をかわす。
グスタフの頭部についた5つの目が動き「タガメ」を探している。操縦には最低でも3人、機銃を含めたら10人は乗っていそうだ。奴ら一人の視界に2秒以上留まることのない過激な機動を繰り返しつづける。
一気にグスタフの頭上に飛び上がり、クナイ型爆弾を頭部に投げつける。差し込んだクナイが爆発し、敵の目をひとつ潰す。目も頭も頑丈すぎる。超巨体のスケールメリットがこの防御力だ。そのまま頭から落下して地面に着地し、こんどは股間に向かってミサイルを撃つ。弱点でもある股間部にも重層な装甲が着けられており、装甲を破壊し尽くしたところでミサイルは尽きた。空になった武装はすぐさまパージする。
列車の車輪がついた巨大な足が列車事故のように迫ってくる。横滑りしギリギリのところで列車事故を回避し、再び飛翔する。
「タガメ」は身も心も戦闘機械と化していた。回転する思考は身体の機能を限定化し、現実の気温も湿度も臭いも感じない。そのかわり仮想に生まれた世界の、戦場の気温と湿度と臭いを感じている。それら全ては戦闘の要素として処理される。感情も奥にしまわれ戦闘意欲のジェネレーターとしてしか機能してない。目は現実のVRと予測された0.1秒後のVRを捉え続け、指先はコントローラーを介してVRの現実へと繋がる。
鈍重すぎる。敵機に対して哀れみすら覚える。完成された人型巨人機と屈折した愛憎から生まれたモンスター巨人機の違い。洗練された兵器と歪んだ精神に発露でしかない道具との違い。
グスタフの背中に備わった巨砲が二つに裂け第三の手になる。最後の隠し技だ。
「タガメ」の巨人機ボーステン2改の右腕から伸びる剣。電光を帯び輝く刀剣が、その最後のあがきを両断する。展開することで露わになった脆弱な関節部を安々と切り裂いたのだ。グスタフがプライドである巨砲を切断され悲鳴のような機械音をあげる。巨砲を失い機体重量のバランスを崩したグスタフが動きを止めてしまう。
その一瞬は十分な時間だった。
「タガメ」あらゆるボタンをクリックし、残った武装を全弾放出した。
怒涛の攻撃がグスタフ頭部に集中する。グスタフの悲鳴は絶叫に変わったが、押し寄せ続ける攻撃にその声も出せない。
すべての攻撃が終わった時、超巨大兵器の命も終わっていた。ゆっくりと倒れるグスタフ。その最後を見るまでもなく、「タガメ」は最後の疾走を開始していた。
敵軍「第三帝国」の最深部。敵司令塔へと迫る最後の一騎。
様々な自動迎撃兵器がその行く手を阻もうとするが、その巨人はこの世界の最新鋭であり、武装を使い果たし満身創痍の体であっても、この戦場最強のエースが乗る機体である。
全ての攻撃をかわし、前進し続けた。
高密度の火線をくぐり抜ける時、パイロットは無心であった。すでに肉体とVRと機体、三層の現実は一つのものとなり、ラグタイムのない世界だった。
敵よりも先にフラッグを取る、という目的も消え、精神と肉体は機体操縦の完璧さだけを追求する機械となっている。
対空砲火の祝砲のなかを飛翔する最後の巨人がついに、敵のフラッグをその手に掴んだ。
VRバイザーを外す。
熱を帯び続け暴走していた肉体と脳が冷却を開始する。
勝利した。それを確認した瞬間、あの世界から離脱した。
喜ぶ司令や仲間の顔、祝福賛辞の声、山のような歓喜の声。
不要だった。今この瞬間、誰からも褒められる必要を感じなかった。
自分がやったことは自分のみが分かる。
他者はその事実の表面しか見ることはできない。
ここにあるのは現実の満足感、充実感。生きることへの希望だ。
青年はVRバイザーを持った両手を高く掲げた。
時給980円のエースパイロット @junkyo
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