天満宮で荼棄尼天に助勢を求めても棄却される

狛夕令

第1話

 名称/神電使戌型・荒王すさのう

 素体/電動工作キット〝犬〟 単三神電池2本使用

 稼働時間B 移動速度C 巧緻性D 耐久性C 霊威C

 特性/最もベーシックな狛犬型神電使。外観は赤銅色に輝く金属製の狛犬そのもの。使役者への忠誠は高く、走破能力に優れる。神電池の質次第では厚さ2センチの鉄板に歯形をつけられる。


 名称/神電使丑型・阿呼あこ 

 素体/電動工作キット〝バギー〟 単三観神池2本使用

 稼働時間C 移動速度D→B 巧緻性E 耐久性B 霊威D

 特性/牛のボディに車輪がついた形状。牛歩と呼ぶにふさわしい鈍足だが、瞬間的には時速五十キロを超える。霊威が高まると人を収容できるサイズまで大型化。


 目下、俺が所有する神電使は以上の二体。

 うち牛型の阿呼は入院中の友人からの借り物だ。

 ここは長丁場の闘いに対応しやすい荒王を選択するか。

 後は手持ちの神電池をどんな家電品に使うかだ。

 一番チートなのは、加速、減速、停止までできるビデオデッキ用のリモコンだが、チートなぶん寿命が早いと半六ともから聞いた。時間なんか止めようものなら、あっという間だそうだ。下手を打てば世界中の時間を停止させてしまう。

 やはり、道具の性能に依存しきらず、しっかり〝策〟を練って望むことだ。



 「ここだな」

 朱の鳥居を見上げると『稲荷神社』と書かれた扁額へんがくがあった。

 陽射しも穏やかな土曜日の午後、ここで俺との果し合いを望む奴がいる。

 「今日日きょうび、決闘かあ」

 今ひとつテンションが上がらないような台詞を、わざわざ口に出す。そうでもしなければ闘志を抑えきれず体が破裂してしまいそうだった。

 俺は勝たねばならない。

 勝たなければ、あいつが帰ってこない。

 相当抜けているとはいえ、たった一人の従妹かぞくが。

 勝たなければ、あいつが浮かばれない。

 十七年弱の人生で初めてできた親友こころのともが。


 鳥居をくぐると何かが首筋を撫でたが気にしない。

 貫と呼ばれる横の柱から蜘蛛の糸でもぶら下がっていたことにでもしておこう。

 境内という名の闘技場へ誘う階段を一歩ずつ踏みしめながら上る。

 石段を上がりきると、昔台風で飛ばされてきたスナックの看板が屋根に激突して以来、ずっと青いビニールシートが被せられたままの本殿が見えてきた。

 拝殿の両脇に控える狛犬に狐のお面を被せているあたりも、ちゃんとした石なり青銅なりの狐像を作る予算がないことを伺わせて実に物悲しい。

 「よお」

 朽ちかけた賽銭箱の前に腐れ野郎が立っていた。

 昨夕、仲良く連れだって歩く俺の妹と親友に待ち伏せをかけ、親友を袋叩きにして、妹を拉致した一味の首謀者。チャラ男の仮面をかぶった卑劣漢、宇野沢三知うのざわさんち

 生意気に姓名なんぞありやがる。しかも、なかなか恰好いい。

 足元では銀色シルバーの狐がちょこんとお座りしている。少しかわいいと思った。

 「遅いぜ根室ねむろ

 だるそうな声と憎たらしい笑顔で出迎える。

 金髪なんぞおっ立てて、人を小馬鹿にした態度が板についている。

 「わざと遅れてやったよ。おまえが阿保面で待ってる姿想像するの楽しいから」

 ヒュッと小石が飛んできた。耳の上をかすめて鳥居の柱に当たる。

 「神使で勝負しようと電話で言ってなかったか?」

 「わざとはずしてやったよ。おまえビビらせんの楽しいから」

 無言で殴り飛ばしたいところだが、人質の無事を確認するまでお預けだ。


 「じゃ、さっそく始めるか」

 「人質の解放が先だ」

 「そっちが先だ。命令どおり交換の道具持ってきたか」

 人並みに取引なんざできると思っているところが、ますますシャクに触る。

 俺は血反吐をぶちまける思いで、肩にかけたボストンバッグからA5サイズの黒い板を出した。

 これが奴のお目当ての品、太陽光のごとく信仰心を集める集経パネルである。大きさ的にはセルに近く、表面に観音経が刻まれている。

 「そいつを使えば充電がカンタンになるんだな?」

 「自然回復の3倍以上の速さだ。コンバーターを通して充電器に繋げばいい」

 「感心感心、お嬢ちゃんならあそこでイビキかいてるぜ」

 親指で境内東よりの六角堂を差す。

 神仏分離前に作られた神宮寺で、人ひとり優に入れる大きさだ。

 「まさか昨日から、あそこへ押し込めていたのか?」

 「大事な人質をそこまで粗末に扱わねえって。ほんの一時間ばかり前だよ」

 「変なまねしなかったろうな?」

 「おまえが考えてる意味でなら安心しろ。薬嗅がせて寝てもらっただけだ」

 「少しでも変わったところがあったら殺すからな」


 厚かましくも宇野沢は、従妹の幽香ゆかの身柄と引き換えに、集経パネルと手持ちの電池を用意して来ることと自分との決闘を要求。場所は追って連絡すると、友人の矢口半六やぐちはんろくの口を使って伝えさせたのだ。

 メッセンジャーの役目を果たし、腕の中へ倒れ込んできた半六を救急車に託してから、どうやって友の仇を討つか、どうやって野郎を血祭にあげるか、そればかり考えて俺は眠れぬ一夜を過ごした。

 そして今朝、午後一時に稲荷神社で待つと電話があったのだ。

 待ちに待ったリベンジ到来だが、憎悪が頂点に達していても神社で即暴力に訴えるのはご法度だ。

 近年中に平成が終わる。旧態依然の野蛮なケンカは女に任せて、この神域を借りたバトルステージでエレガントに決着をつけるのが、新たな元号に生きる男にふさわしい。

 「聞くべきことは聞いたし、やるぜ。神使は用意してきたろうな?」

 「そっちこそ神使に電池入れ忘れてても手加減しねえぞ」


 いざ勝負――! 俺たちはポケットに入れた電池を出した。

 見た目は普通の、そのへんの百均ショップでも売ってそうな単三電池。ただし、商標名やメーカー名が印刷されているはずの外装に変わった紋章マークがある。

 俺の電池には、五角形の台を五つの丸が囲む梅紋。

 腐れ野郎の電池には、稲穂が円を描く稲荷紋。

 これが神仏への信仰心を電力にして凝縮した一種の魔道具マジックアイテム神電池かんでんち

 特に観音菩薩への信仰を集めやすいので別名を観電池という。

 非常にありがたい物ではあるが、電池だけでは厄除けのお守り程度の効果しかないので、パネルと一緒に持参してきた相棒をボストンバッグから出す。こいつに神電池をセットして闘ってもらうのだ。


 銅メッキみたいな赤茶色の狛犬を見て、野郎がせせら笑った。

 「ただの狛犬かよ」

 「悪いか? 立派な神使だろうが」

 「お稲荷さんのお膝元だってことを考えろよ。俺の神使は白狐型だってのに」

 見よとばかり足元の狐ロボを紹介する。

 「白狐びゃっこ型超A級神電使、玉藻たまもだ!」

 『狐怨コオ-ン!』

 白銀の狐型神使が誇らしげに尻尾を扇のように広げて鳴いた。

 俺たちが使役する動物のオブジェのようにも見えるメカは、神電池をセットされた信仰心を動力源にするロボットだ。白狐や狛犬の他、烏、牛、兎など神の使いとされる動物をモチーフにしている。

 さしずめ神電使かんでんしといったところか。

 「製造元の無料メンテ終了で廃棄寸前のワンコだったがな。観電池を入れたら妖狐ロボへ変化しやがった。わざわざ豊川稲荷まで行って充電した甲斐があったぜ」

 「自慢たらしく言うな。半六から奪った電池で作った神使だろうが」

 しかも、玉藻と名付けるわりには尻尾は三本しかない。

 如何に稲荷信仰の本場といえど、数時間で集められる信仰力など知れたものだ。

 「荒王すさのう、敵じゃないと見たぜ」


 俺は五十円玉をひとつ出して賽銭箱へ投じた。

 「しみったれてるねえ。必勝祈願ならこれぐらい入れようぜ」

 宇野澤が憐れむような目で財布から五千円札を一枚抜いた。

 「ぬうっ……案じるな荒王、俺たちには神の加護がある」

 こっちの百倍か。だが信心の強さは金額の多寡によって決まるものではない。

 「神域展開ステージオープン!」

 五千円が賽銭箱へ落とされると同時に境内に変化が起きた。

 空は薄い紫に染まり、鳥居の水平の柱から水が流れて沙幕を張る。

 これにより境内は外界とは隔絶された異空間となり、事情を知らぬ一般の参拝者が来訪しても、俺たちの存在を感知することはできない。

 秘密の保持ならびに無関係の人間を巻き込む危険を回避するための異世界構築システムだ。


 神主が常駐していない無人社の境内には木造りの舞台があった。

 往時には秋の例祭で壮麗な神楽舞が奉納された舞殿も、本殿同様に台風で屋根を失い、台座には四隅の柱の間に紙垂のかかったロープが張られている。

 小型犬サイズのロボットが戦うリングにするには手ごろな面積だ。

 銀狐が軽やかに跳ねて、土俵に着地する。

 ううん……機敏さでは向こうに分がありそうだ。

 「荒王! 絶対負けるなよ!」

 『ワン!』

 相棒に激を飛ばすと、歯並びの良い口をシャッター式に開閉して吼える。しかし、前足を舞台の淵にかけてモタモタとよじ登られた日には、否応なしに不安を煽られてしまう。

 「愉快な奴だな、おまえの神使はよお」

 少々時間を取られて、即席のリング上で二体の神使が対峙する。


 「開始ファイト!」

 俺と宇野沢が同時に叫び、荒王は頭から突っ込んでいく。

 数少ない長所である頑丈さにモノを言わせて、正面からのぶちかましによる一撃勝利を狙ったのだ。

 が、予測どおり華麗なジャンプでかわされる。後ろ蹴りのお土産つきで。

 危うく神楽殿の外へ落ちる寸前で踏みとどまった。

 別に土俵を割ったら負けというルールもないが、ここで落とされていたら大いに士気を減じていたところだ。

 「相手の体形を良く見ろ! おまえより素早く動くのに適しているんだ!」

 鼻先が尖った顔とほっそりしたボディは、いかにも空気抵抗に強そうだ。

 『ワン!』

 返事が良い割りに凝りた様子もなく敵手に飛びかかる。

 玉藻はステップを踏んで我が神使の攻撃をかわし、壮絶な追っかけっこが始まった。3メートル四方ほどの舞殿を、二匹の人造製の獣が果てしなく周回する。


 「ご苦労なこって。目が回りそうだな」

 宇野沢が笑う。確かにバターになってもおかしくない。

 楽し気に逃げ回る銀狐と必死に追いすがる狛犬の姿は、ギリシア神話の最速の狐を追う最速の猟犬の伝説を想起させた。

 神話では両方の名に傷がつくことを惜しんだゼウスの横槍によって勝負なしとなったが、ここでは狐にのみ天の加護があるようだ。

 俺の神使は、あと一歩で相手の尻尾に食いつけそうだというのに、その一歩を詰められずにいる。玉藻がここまでおいでと三本尻尾を振ってみせる。

 走力に差があり過ぎるのだ。荒王は完全になめられていた。

 『オ――――!』

 悔しげに荒王が吠える。焦るな焦るな。

 あしらわれながら敵が慢心するのを待て。


 『ンッ⁉』

 機会は早くも来た。銀狐は走りつつ尻尾で荒王の横面をはたいたのである。

 しかし、余裕を見せ過ぎた代償は高い。

 我が神使は、三本尾の真ん中の一本をがっちり咥えこんだのだ。

 この機を逃がすほど頓馬でなくて助かった。

 「相手がガス欠になるまで走り回っときゃいいんだよ馬鹿!」

 バカ宇野沢が神楽殿を叩く。おまえの馬鹿が感染うつったんだろ。

 『――ン!』

 メカ狐は振りほどこうと、めちゃくちゃに暴れた。

 荒王の前足が背中にかけられて噛み伏せたと思った直後、

 『ギャッ⁉』

 悲鳴をあげて荒王は銀狐から離れ、床を蹴った。

 空中で何かを捕まえて舞台へ降りてきた。白銀の筆状の物体をくわえている。

 コードでメカ狐のお尻と繋がった尻尾であった。

 着脱可能な三本の尾を有線操作することで、反撃不可能な体勢から荒王に痛打を与えたのだ。

 やるじゃないか。腐れ野郎の神使のくせに!

 だが、二本はすでに噛み砕かれて使用不能になった。


 「いいか、もう遊ばずに速攻でたたんじまえ!」

 仕切り直しで両者はぶつかり合った。

 噛み合う口と口。だが、真っ向勝負なら断然荒王が有利だ。

 ご承知のとおり狛犬の顔は、ブルドッグのように潰れ気味な上、首まわりが渦巻く鬣に覆われ、可動部が制限される反面きわめて噛みつきにくい。逆に口吻が長い狐は噛みつきやすい顔である。

 運動性を犠牲にして得た構造差は、噛み合いで大きなアドバンテージとなる。

 玉藻は鼻先でパンチをくらわそうとするも届かず、引く前にガブリとやられた。

 「でかした荒王!」

 「何やってんだポンコツ! 誰が廃棄処分から救ってやったと思ってんだ!」

 罵倒が声援に先んじてしまうあたりに人柄が現れている。

 だが、もう逆転は無理だ。

 敏速さに秀でたボディはスマートなだけに破損しやすい。万力のような顎に抑え込まれたメカ狐の吻部に亀裂が走り始めた。回路がショートした音もする。

 「よーし! 勝負ありだ!」

 突然のフラッシュに目が眩んだ。

 暑い? いや熱い!

 全身を炙る熱波に思わず身を伏せる。

 『阿阿阿アアアオッ⁉』

 熱気が去り、再び目を開けると荒王が煙をあげて横転していた。


 「用意しといてよかったぜ……」

 腐れ野郎が持つのは光線銃。昔テレビで見た記憶がある。

 「それは確か贖罪戦隊ツグナイザーの……!」

 「俺は特撮マニアじゃないから知らねえがよ。商店街の玩具屋で叩き売りしてたから購入したのさ。厚さ5センチの鉄板を貫通するレーザーを放つんだとよ!」

 まともに浴びたらどうなっていたかは、荒王のボディを溶解させた無惨な穴が物語る。とっさに相棒が盾になってくれたおかげで黒焦げにならずに済んだのだ。

 「決闘は神使だけでやるって約束だろうが!」

 「加勢しないとは言わなかったぜ」

 ジグザグの軌道を描く光線が石燈篭を焼いた。

 「主人のほうを狙わないともな」

 そうなのだ……神電使バトルなど手段の一つに過ぎない。

 あくまで生身同士で傷つけ合うリスクを減らすための方策で、相手の胸先三寸でいつでもルールを反故にできるのである。

 「玩具って便利だよなあ? 銃刀法違反に引っかからないんだぜ?」

 焼かれた石灯籠が砂になって崩れ落ちた。

 「神電池さえはずせば、いつでもタダの玩具に戻るんだからよ!」


 認める。着眼点は悪くない。

 神電池で動くアイテムを利用しての勝負なら、ただの日用電化品より、盛りに盛った設定どおりの性能を与えられる玩具の武器を使ったほうが強い。

 しかし、野郎は肝心なことを忘れている。

 半ば打ち捨てられた無人社でも聖域であることを。

 物騒な武器を持ち込んだ時点で敗北が確定していることを。

 「もう一人でも十分だが念のため。おーい出てこい!」

 「うぃーっす!」

 結界を張る前から境内に助っ人を潜ませていたのだろう。社殿の裏から、これぞ札付きといった風体の連中が六人ばかり現れた。

 下卑た笑いを浮かべ、全員手にバットや角材を持っている。

 「ヘヘヘ……」

 半六をやったのもこいつらだな。顔にリンチが趣味ですと書いてある。

 「ほら、電池渡せよ」

 健気に立とうとする荒王を、宇野沢が舞殿に上がって踏みつける。

 しばらくの我慢だ。野郎を倒して修理してやるからな。


 『……~ン……』

 すり寄る玉藻を宇野沢は無情にも足蹴にした。

 「直してほしいだあ? ダセエ狛犬に手こずるガラクタが甘えてんじゃねえ!」

 「やめろ! そいつはもう機械じゃない。自我が芽生えてるんだ」

 俺が気遣う義理もないが、あまりに醜い行為だった。

 「うるせえ! 絶体絶命のくせしやがって聖者気取りが!」

 忠狐を舞台から蹴り落とすと、宇野沢は銃を振り回して口泡を飛ばした。

 「さあ電池をよこせ! 神電池さえよこせば命だけは助けてやる!」

 「降伏勧告はこっちのターンが終わってからにしな」

 つくづく馬鹿な奴だと思う。

 律儀に神電使による代理戦に終始するなら、親友を負傷させ、妹を人質に取ったことも〝策〟と認め、処遇を検討する余地はあったのだ。

 それをわざわざ自分から温情却下するなんて。

 ある意味――ありがたい。


 俺はうんと勿体つけて、服の下から本日の切り札を取り出した。

 「なんだマイクなんか出しやがって? デブのガキ大将みたく下手糞な歌で戦意殺ごうってのか?」

 「まあ聞け」

 俺はカラオケ用マイクのスイッチを入れて神前拝詞を唱えた。

 「掛けまくも畏き〝天満自在天神〟の御前おんまえおろがみ祀りてかしこみかしこみ申す……この神域を汚したる者へ相応の罰を与え給え」

 いい仕事をしてもらうため五十円玉をもう一枚賽銭箱へ投下する。

 硬貨がエントリーされる音と同時に神威が始まった。

 風もないのに杜の木々がざわめき、振る者もいないのに鈴が鳴る。

 スピーカー機能もあるマイクを通した俺の言葉に廃社が呼応したのだ。

 信心薄き愚物どもも異変を感じ取ったか、きょろきょろあたりを見回した。


 「お、おい、何しやがった!」

 言った端から、ロープの紙垂が伸びてきた。

 「ぐわあああっ⁉」

 二人の助っ人の首に絡みついて締め上げる。

 「やっちまえ! あいつを倒せばこんな現象も収まる!」

 宇野沢の命令で、残る四人が凶器を振り上げて俺へ殺到する。

 今度は狐の面パカッと割れて、苔むした狛犬が動き出した。唸り声をあげて襲いかかり、あっという間に二頭で二人ずつ足の裏に敷いてしまう。

 「てめえ! 一体どんなイカサマしてやがる?」

 「この御社の主に頼んだだけさ。不信心な奴らを懲らしめてくれって」

 もちろん、他人ひとより多少は敬虔深い俺でも、普通に頼んだだけでは駄目だ。

 電気機器に魔力的な性能を付加する神電池を入れたカラオケマイクを通した祈念だからこそ、ここまでの霊験を示す声明しょうみょうへなり得たのである。


 「畜生が!」

 宇野沢はレーザー銃を最大出力にしてバレーボール大の火球を銃口に出現させる。しかし、発射寸前で火球はフッと消えてしまった。

 「電池切れか。鉄を溶かすビームを三度も撃とうしたら即寿命だよな」

 「そんな馬鹿な⁉ お稲荷さんがいくらでもパワーを分けてくれるはずだ!」

 「境内の物を壊した奴に天罰が下るのは当然だろう」

 「お、俺は荼枳尼天の神電池を持ってんだぞ! お賽銭もおまえの百倍入れてやったし、石燈篭の一つ壊したぐらいで加護がなくなってたまるかよ!」

 「おまえが寺や神社に興味持ったのは神電池の存在を知ってからだろ? どこに何を祀った神社があるかは把握してなかったはずだ」

 その証拠にここを決闘場に指定してきた。

 「ここはお稲荷さんだろうが! 鳥居にもそう看板がかかってた!」

 「扁額へんがくだ。おまえみたいな奴は見放すことにしたんじゃないか?」

 「畜生! 屑神芥神! 五千円返せ!」

 紙幣が賽銭箱からベッと吐き出されて宇野沢の口をふさぐ。

 「これでおまえを守る義理もなくなったな」

 祭神の怒りが顕現したかのごとく竜巻が出現した。

 逃げる暇も与えず、宇野沢を巻き込んで上昇してゆく。どこまでもどこまでも……社殿のはるか上空を、もがきながらぐるぐる回る。

 洗濯機の中のよれたワイシャツみたいで笑いを堪えるのに苦労した。

 やっぱり神社で神様の悪口は禁物だ。

 「ンーッ! ンーッ! ン――ッ!」

 必死に喉の奥から絶叫を絞り出していたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 風速が緩み、野郎の体がゆっくり螺旋を描いて下りてくる。地上から2メートルぐらいの位置で投げ出された。とっくに気絶ずみである。

 「返してもらうぞ」

 宇野沢のポケットをまさぐると神電池が五本も出てきた。

 これさえ回収できれば、こいつらは用済みだ。

 参道からどかして寝かせっぱなしにしておこう。後は知らん。


 「おーい、幽香ゆかいるか?」

 蜘蛛の巣の張ったお堂を開けると、ロングの黒髪がきれいな少女が眠っていた。

 「んん~重光しげみつちゃん、蒸かし芋と混ぜた蒸しパン作って……」

 涎をたらして寝言を言う。無傷と見ていいな。

 「ほら起きろ。助けにきてやったぞ」

 外で繰り広げられていた騒ぎには一切気づかなかったらしい。こっちは一つ間違えば命を棒に振っていたというのに……だんだん腹が立ってきた。

 「ほらほら、おまえを庇って半六は怪我したんだぞ? おまえ本気出したら俺たちより、よっぽど強いくせに。聞いてるか?」

 埃を払うついでに若干の悪意をまぜて、頭をペチペチはたいたり、ほっぺたや鼻をギュッとつねったりしてやったが、一向に目を覚ます気配がない。

 とりあえず顔にマジックでドラえもんメイクをすることで許してやった。

 「まったく平和なお姫様なこって」

 まあいい。あんな屑野郎程度は俺自身で始末せにゃならん。

 いずれこの子には、もっと大きなもの、もしかしたら地球を守るために命を張ってもらわなければならない日が来るかもしれないのだから。

 神電池もまだまだ研究の余地がある。

 どこの誰がどんな目的でばらまいているかも含めて。


 「重くなったな、おまえ」

 お姫様抱っこをして六角堂から出したものの、ダメージを負った身には辛い。その辺に横たわらせておいて、待機中の阿呼に運んでもらことにした。

 現代人失格気味の俺は最近持つようになった携帯の番号をプッシュする。数秒で鳥居に張られた沙幕を開いて、牛と牛車が合体したデザインの神使が到着、まだ一人を運ぶのがやっとなので、幽香を背に乗せて家まで送るよう頼んだ。

 ついでに小破した荒王と直せる自信はないが玉藻も一緒に。

 阿呼が鳥居の向こうへ消えるのを見送ってから、友人の入院先へ電話をかける。

 「半六か? 幽香は奪還したぜ。うん? もう退院できるのか」

 妹の危機を報せに来たときは満身創痍だった友人は幸いにして軽症だったそうだ。代わりに俺が入院しなきゃならないかもしれんが。

 「おまえには借りができたな。もう遅いから明日にするが、差し入れと奪い返した神電池持って遊びに行くからな。わかってる。幽花も一緒だ」

 通話を切って俺も境内を後にする。

 鳥居の下をくぐると、また糸状のものが首をくすぐった。

 「これも回収しておかなきゃな」

 糸を引っぱると、扁額に貼られたシールが剥がれ、下から『天満宮』の社名が現れる。当然、こっちがこの神社の本当のご祭神である。

 宇野沢の下調べが甘かったおかげで、稲荷社と思い込ませることに成功した。

 管轄外で助勢を求められ、ダーキニーもウカノミタマもさぞや歯がゆい思いをしたことだろう。


 半六から奪い取った神電池が、稲荷大明神の霊威を蓄えたものであった時点で、十中八九稲荷神社を決闘場に選んでくることは予想できた。それも部外者に見咎められる心配の少ない無人社が理想的と考えるはずだ。

 人質を取ってすぐ勝負を挑まなかったのは、奴が神電池を使った勝負のための準備をしているのだと見当をつけた俺は、昨夜の間に、神主不在の天満宮の扁額に稲荷神社と書いたシールを貼り付けておいたのである。

 案の定、奴は豊川稲荷まで充電に行っていて、小細工するための時間は十分稼げた。さすがに石製の狛狐の調達は予算的にも無理だったので、狛犬に狐面を被せることで繕わざるを得なかったが、かえって貧しい稲荷社と思わせるのに一役買ってくれた。

 まんまと読みは当たって宇野沢はここへ俺を呼び出し、俺はわざとらしく「ここだな」とか「決闘かあ」などと初めてを装ってやって来たという寸法だ。

 卑怯だとは思わない。下衆ゲスを出し抜くなら、より狡猾ゲスに攻めないとな。

 それが兵法ってもんだろ?




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