【表】悩める少女と超過駆動





「ただいま戻りました。どうですか? 忘れましたか?」



 いえ、全く。

 むしろアレだけ良いスタイルの身体を忘れられる訳がない。

 割と脳内に焼き付いております。



「お、おう」



 だが、悲しいかな。

 琴音が風呂に入っている間、魔導で簀巻にされて廊下に放置されていた自分は彼女の望む返答を口にする。

 ここで選択を誤れば本気で一日中放置される未来が見えるからだ。

 最近冷え込んでくることが多くなってきている。

 故に返事はイエス一択。




「本当ですか?」




 確かめるように細めた目で風呂上がりの顔が近づいてくる。

 湯上がりということで軽く上気した様子は女の子特有の甘い香りと共に脳を刺激する。




「マジマジ。簀巻にされてる間に忘れたから」



 どうしてこう風呂上がりの肌って綺麗に映るんだろうねぇ。

 それに先程までとは違いパジャマに着替えてはいるが、熱いのかボタンが開けている為に年不相応な谷間が見えて目のやり場に困る。

 だが、なんとか理性を総動員させて視線を逸らさずに口を開く。




「はぁ、どうして私の部屋に来ていたんですか?」



 自分の答えにある程度満足したのか、溜息を吐きながら離れていく。

 マジで危なかった。

 三人とは違って年が近いこともあり割と冗談抜きで理性との戦いだった。




「……どうして最初から全力で来なかったのか聞きたかったから、かな」





 迷った末に気になっていた事を聞くことにする。

 流石に縁に行けと言われて来ましたなんていえない。



「……全力ですよ。確かに侮っていた為に流れを持っていかれて押し切られる形にはなりましたが」



 静かに口にする彼女は視線を逸している。

 模擬戦とはいえ戦ってみたからこそ解る。

 琴音は本気を出してはいない。



「あー、言い方変えるわ。本気で俺の事倒そうとしたか?」



 正確に言えば出そうとして出せていないと行ったほうが正しいのかもしれない。

 追い詰められて反撃に映った彼女の様子を思い返す。

 そこには相手の挙動に淡々と対処する姿はあれど熱を持って抗う姿はなかった。




「本気……どうなんでしょうね。わかりません」




 呟くように応えた彼女はまるで自嘲するかのように笑みを作っていた。

 静かに消えてしまいそうな儚さを纏う彼女は何かを探しているのかもしれない。

 もしかしたら家出したのも関係しているのかもと直感して口を開く。




「そんな顔されて、はいそうですかと言えるほどおにーさん冷たい人間じゃないぞ。とりあえず話せるだけ話してみれば楽になるぞ」




 静寂が訪れる。


 同じ釜の飯を食ったんだ。自分にできることなら力になろうと思う。

 しかし、話してくれなければ自分はどうにもできない。




「……熱って言うものがわからないんですよ」




 このまま会話が終わるのだと錯覚してしまうほどの時間の後、悩む仕草をした彼女は静かに言葉を紡いだ。

 どうやら話してくれるようだ。

 


「何が足りないのか、最近これ以上伸びない自分を自覚してはいたんですよ。親や先輩達からは”お前には熱が足りない”と言われて余計にわからないんです」




「熱……ねぇ」




 話してくれた事に安堵しながら考える。

 彼女はこの年にして既に一級品の能力を持っている。

 俺の知る範囲で恭平というキチガイ後見人を除けば彼女以上に魔導を扱える人間を知らない。





「模擬戦をしている時も、訓練している時間も、自分自身は真面目にやっているんです」



 押さえ込んでいたであろう内心が溢れ出すのを目にする。



「けど、どうしても貴方みたいに全力で臨むことが出来ないんですよ」



 激情と言うには弱い。

 けど儚いというほど弱くもない。



「何かをしてる自分と、それを俯瞰している自分。追い詰められてもただ手札を切ることしかできない。自分が持っている選択肢しか扱えない」



 向けられたその瞳には確かな苦悩が見えた。



「ゲームみたいですよね。枠組みから出ることが出来ないんですから。期待に応えたくてもこれ以上進めないんですよ」




 そして絞り出すように彼女は言葉を紡ぎ出す。




「私は……貴方が羨ましい。限界を超えられる貴方が。私にはない”熱”を持つ貴方が羨ましい」





 正直に言って自分が抱えたことの無い類の悩み。

 それらしい事を言って誤魔化すのは簡単だが、それはしたくない。

 話くれた彼女に申し訳ないのもある。何より限界を感じて行き詰まったことが己にもあるからだ。




「はぁ……何か勘違いしてるようだから言っておくぞ。と、その前に」



 自分の考えを口にしようとして簀巻にされていたことを思い出しデバイスを起動する。

 発動するのは模擬戦時、体術と絡ませる都合上危険と判断して使用を控えた魔導式。



「やっぱり統一魔導じゃないか……使わなくてよかったわ。……コードブレイカー」



 予想通り彼女により書き換えられている魔導式は自分の小手先魔導では破るのに時間がかかってしまう。

 ま、彼女が本気なら自分の解析処理よりも早く改ざんされるのは目に見えているけど。


 しかし、現在の彼女が自分の行動を待っている事もあり抵抗らしい抵抗を受けずに纏わり付いていた拘束式を壊して立ち上がる。




「俺は弱い。そんでもってお前は強い。そして俺は限界を超えてるんじゃなくて小賢しいだけだ」




 模擬戦時の俺の姿は彼女から見たら限界を超えたように見えたようだ。

 確かに魔力の出力を上げるなんて芸当ができるやつは少ないと思う。

 無茶を重ねた身体の使い方で避ける様は見方によってはそう映るかもしれない。


 自信を持って言うのは悲しいが、模擬戦の結果は俺が強いのではなくたまたま手札が噛み合っただけにすぎない。

 極点集中も本来ならコードブレイカーと合わせて運用するつもりで作り出したのだ。

 一応使いこなせはするが、俺にとって短刀はお守り代わりみたいなものであり、あくまで主武装は拳。

 だが、弱いやつは戦い方すら選べないのだ。



「けど――」



「――お前がどういう気持ちで今まで生きてきたのかなんて俺にはわからない」



 琴音が何か口を開きかけるが遮って言葉を続ける。

 俺には到底縁のない話だが、明るい道を歩いてきた彼女にも色々あるのだろう。

 今までの話から周囲の期待に応えきれなくなったきたのだろうとは思う。

 だが、俺がとやかく言う資格なんてない。言うつもりもない。

 それは彼女が自分で答えを見つけるべきものだからだ。



 しかし、ただ一つだけ。

 俺にも聞けることがある。




「お前、悔しくないのか?」



 その一点に尽きる。

 その気持ちがあればまだ進める。なければそこまでだ。

 本人が諦めているのならどうすることもできないのだから。




「……く、悔しくないわけないじゃないですかっ!!」



 伸び悩み、期待に応えられるか不安になり、逃げ出した現状。

 俺みたいな落ちこぼれに模擬戦とはいえ敗北するという現実。

 足りない何かを探して悩み苦しみ、前に進めない自分自身。


 勢い良く口を開いた彼女の胸中には言葉にしきれないほどのモノがあるのだろう。




「なんだ。あるじゃねぇか」




 琴音の周囲が口にする”熱”って奴がどんなものかはしらない。

 けど俺が思うに”熱”ってやつはきっとそれなんだと思う。

 どうしようもできない中、そんな現状が悔しいと感じる事。

 悔しいってことはどんなに言葉を飾ろうとも、諦めていないということなのだから。




「うっし、琴音。デバイスあるか?」



「え? 一応常に持ってはいますが」



 パジャマのポケットから小さく縮んだロッドが取り出されたのを確認して、返事もせずに廊下のガラスを開ける。

 そしてそのまま素足のままで庭へと出ると、彼女を手招きして中央へと立たせて拳を構えて口にする。

 彼女も素足のままだが、お互い魔力で靴代わりにしているのだから構わないだろう。



「俺はお前の悩みを解消する言葉は持っちゃいない。けど、バカやらかしてきた先達として一つだけ見せてやれるものがある」



「ちょ、ちょっと何をするつもりですか?」



 状況に付いてこれない琴音が当然の疑問を投げかけてくる。



「何、今から俺なりだが限界の超え方を披露するだけだよ」



 正直限界なんて超えるもんじゃない。

 超えた先に待っているのは割に合わない痛みと代償だけだ。

 別のやり方があればそれに変えるべきだと声を大にして言うだろう。



「琴音なら防げると思う。ダメだと思ったら即座に避けろ。真っ直ぐ拳を突き出すだけだから」



 だが、超えた先でしか見えないモノもあるのは確かだ。

 それが経験となり新たな道を示すのは自分自身が経験している。



「……!!」



 だから超える超えないにしろ、一度ぐらい限界を越えようとするのは悪いことじゃない。

 解らないなら俺のやり方になっちまうが見せてやるのが良いだろう。

 結構しんどいがおにーさんとして年下が悩んでるんだ。意地ぐらい張っても構わない。



「ただ、防ぐにしろ避けるにしろ後悔はするなよ」



 互いに模擬戦のようにリミッターはない。

 まぁ彼女に本気を出されたら防がれるのは割とありえるから心配するとしたら反動を受ける自分の拳なんだよなぁ。

 やっべ。思ってて悲しくなってきた。




――魔導強化フル式、全開駆動ドライブ



 後で縁や雫に怒られそうだな。



――【蒼白の天秤パレーバランサー】起動。




 まぁ倒れてから考えるか。



 さぁ、行くぞ遠野 葵バカヤロウ



――魔導強化式オーバー、過剰駆動ドライブ





「な、にこれ!?」





 身体を暴力的なまでに増幅した魔力が駆け巡る事で全身に痛みが走る。

 正面でデバイスを展開して構える琴音は俺から溢れ出す魔力量に驚き固まっている。




「びっくりするだろ。これおにーさんの切り札なんだぜ」




「ちょっと葵さん。ほんとにBランクなんですか!?」




 紛れもなくBランクですよ。

 これはただの時間制限付きのドーピング。

 基礎というか土台が出来上がってないから格上とやりあっても活かしきれずに負けるんだよ。

 一般人がF1のっても事故るのと同じだ。


 アクセルベタ踏みするぐらいならできるんだけどな。



「ほら。長く持たねぇんだから早く準備しろ」



「っ、はい!」



 返事をした彼女から魔力が溢れ出すのを目にする。

 ひと目で洗練されていると解る式展開。

 自分と彼女の間に模擬戦の時とは比べ物にならないほどの障壁が現れる。


 あ、これ破れるかわからんわ。




「いくぞ」



 準備を終えた彼女へと踏み込むと同時にほんの一瞬だけ自分の限界を超える準備に入る。


 超え過ぎれば再び病院へと担ぎ込まれる。

 故に直撃の瞬間だけ引き上げる事に意識を向ける。

 合わせて踏み込みが終わり身体中に纏わせることが不要となった魔力を全て拳に注ぎ込む。




――極点集中フラッシュ




 刹那の踏み込みが終わり目の前に迫った障壁へと拳を突き出す。

 拳が触れる瞬間、天秤を酷使して一瞬だけ全てを引き上げる。




――超過駆動エクシード



 そういや、これ必殺技ぽいから後で名前考えよう。

 そんなくだらないことが過ぎった瞬間、激しい光と轟音が庭に響き渡った。


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諦めきれないバカの追求録《パルシィード》 霞空 @karaagekoara

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