第2話 彼女は顔を赤らめた

 塵の荒野は大陸の国がある最西端よりさらに西側に広がっている乾燥地帯である。

 環境自体は人が住めないというほど悪くはないが大陸中央の魔の樹海並みに強力な生物が棲んでおり弱肉強食これ以上ないほどの僻地であった。

 何かしら資源が採れるというわけでもない、いや無くはないが採算が取れない。それならば手を出さない方がいいというのが世界各国の認識であり、開拓も碌にされていない理由である。

 

「私がここにいるのは人間から追い出されたからということになります」


 ヴィオラは生きていた。

 目が覚めれば荒野で、近くで焚き火がされており、肉の焼ける美味しそうな臭いと香草の臭いが漂ってきた。

 吸血鬼でも生きていられるか分からない一撃。

 意識を取り戻したのは鼻歌を歌いながら肉を焼いている少年のおかげだった。

 

「ふーん。ま、興味ないや。人間とかそういうのどうでもいいし」


 少年は焚き火の火加減を調節しながら向かい側に座るヴィオラにそう告げる。

 目が覚めた後ヴィオラは少年に何度も何度も頭を下げた。

 あれだけの窮地を救ってもらったのだ、教養が高くその気位も高いヴィオラはこういった恩を特に大切にする女性だった。

 他にドラゴンをああも吹き飛ばすような剛力の持ち主相手に機嫌を損なえばどうなるか分からない。


「ですが、私と行動を共にするということはその貴方様の不都合なことが生じるかと……」


 礼を尽くし遜る彼女は『恩を返させて欲しい』と申し出てそれに対して少年はこう答えた『人間の街まで案内してほしい』。


「面倒ごとが起きるってことか。でも案内を取り止めさせるほどのことでもない。少なくとも俺にとっては」


 肉を齧りながら少年は言う。

 どうも少年の中では案内させることを取り止めさせる気はなさそうだ。


「でしたら、良いのですが……その、もし私のせいで不快な思いをさせてしまうと申し訳が――」


「不快なことって何?街に入れないとかってこと?その点については色々と方法があるから気にしなくていい。ただ方向音痴だから案内がどうしても欲しいのさ」


 そう言われて、方向音痴のレベルが酷いとかそういった文言や疑問やらを押し込み――そもそも口答えなどできない、それほどに実力差があるわけで――それでもなおヴィオラは述べる。


「案内の件は承りましたが、命の恩人に対しては余りにも返すものが少ないと申しますか……」


「してもらいたいこととかないし、欲しいものとかはそもそも君は持ってないだろうし」


「多少の貯えがりますので物によればどうにか……」


「地獄蜘蛛の糸とか山神の心臓とか」

 

 地獄蜘蛛も山神も伝説上の生き物である。


「む、むりです」


「だろうさ。俺もどこにいるのか知らないし」


 いたら討伐するような口ぶりである。

 それが実現不可能ではないのだろうと思えるほどにはヴィオラからすれば強い。

 ドラゴンを倒す猛者は間違いなく伝説級である。


「なぜ、そのようなものをお求めに?」


「錬金術の素材に使えるんじゃないかと思って」


 錬金術は金を金以外からの物質で想像することを追及する学問であり、科学と魔術両方を兼ね備えた学問である。

 ただ、伝説級の素材を使って一体何を作るつもりなのかヴィオラは聞くことすら恐ろしかった。


「錬金術師なのですか?」

 

 それにしては荒っぽいとはもちろん言えない。


「趣味の一つ。一つっていうか学問全てが俺の趣味だから。学ぶことが好きで作ることも好き、その両方が学べる錬金術は素晴らしいし実生活でも使えるし。本気でやるには色々と面倒が多いが趣味にはもってこいの学問さ」


 趣味と言われればその道を本気で進んでいる者たちの顰蹙を買いそうなものだと思いながらも、なんとなしに彼女は納得した。

 恐らくこの方は娯楽の位置に学問をもってきているのだろう。職業ではなく、もちろん義務でもない。


「でしたら、せめてお金だけでも受け取ってください」


「掃いて捨てるほど金はあるか要らん。つーか金なくても生きていけるし」


 でしょうね、それだけ強ければ野垂れ死ぬなどないでしょうから、ともやっぱり口にできないヴィオラ。

 ヴィオラの内面は外見に反して攻撃的であった。

 この少年が――少年の見た目をしているドラゴンを殴り飛ばす何かがヴィオラに文言を抱かせるほど常識外れであるともいえる。


「……しかし、その、このままでは吸血鬼として名が廃ると言いますか……」


「言わんとすることは分かるが俺がそっちの都合に付き合ってやる必要がない。それこそ面倒だ。……まあ、吸血鬼にしては義理堅いというか誠実な奴ということは分かった。吸血鬼なんて大抵は馬鹿で阿呆で考えなしと思っていたがそうでもないらしい」


 棘のある言葉貰ってもヴィオラは返す言葉もなければ態度を示すこともない。反論できないできないというより心に思い当たる節が多いからだ。

 少なくとも賢いものはいくら追い出されたからと言ってこんな大陸の果ての荒野まで来ないし、何も調べずに大地の亀裂に入っていったりしない。

 天寿を全うする以外で命を落とすのは愚か者か運が悪いかの二者であることを思い知ったヴィオラであり、彼女は多分両方に当てはまることを自覚していた。


「……はい、その通りです。では明朝にでも――」


「一つ気になったんだが、吸血鬼って体で返すという文化ってないの?」


 そして無知の知を得た彼女が後悔しながら諒解した旨を伝えようとしたところに爆撃を喰らう。


「は!?」


 まさかであった。


「偶にこうやって助けたり助けなかったりするわけで、そうすると人間とか他の種族とかの雌は体で返させてくださいとか言うわけ。求愛行動でもしてるって訳ではなく、何も持ってないものが返す方法の一つというか文化みたいな感じで皆々言うからさ」


 その方法を知らないわけがない。ただ縁がなかったというだけで。

 ただ、この状況で言われるとは思ってもみなかったヴィオラである。

 この眼前の方が性欲の関連に興味があると思えなかった――と言い訳はできる。

 ただ、ヴィオラが性的な知識とかに鈍感かつ無知であるということも――経験がなかったことも要因の一つである。

 

 吸血鬼であり貴族であるヴィオラ・デュ・アシテーテ、562歳、独身、処女であった。


「あ、あ、ああああの、そそっそそれはですね、あの、ええと、わたっ、わたくし如きのような下賤なものが貴方様のような方にその、その、…………、よ、夜伽をするなど、分不相応と言いますか、その」


「あ、なんだ処女なだけか」


 バレバレであった。

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