原初のタイラント

解虫(かに)

プロローグ

第1話 はじまりのはじまり

  吸血鬼は強い。

  人間の四肢を軽く引きちぎる怪力、腕を吹き飛ばされようが首を切り飛ばされようが瞬時に回復する生命力、姿形を自由に変化できる変身能力。どの力も恐ろしく凄まじい。人間などではとてもとても太刀打ちできない怪物である。

  しかしながらそんな吸血鬼もこの世界では最強の存在ではない。こぐ限られてはいるが吸血鬼よりも上位に存在する生物がこの世界にはいる。

 一例としてあげるならば名高いドラゴンがある。全ての攻撃を跳ね返す硬い鱗、城壁を粉々にする破壊力を秘めたブレス、大空を征する巨大な翼。吸血鬼程度では一口で喰われて終わり。吸血鬼の再生能力を凌駕する胃液で瞬時に溶かされて養分と化す。それほどに力の差がある。

 だがドラゴンなどそうそういるものではない。前人未到の秘境の奥地に存在するなどという伝説が真しやかに残されているだけ。遥か昔の世界には空を見上げればドラゴンが羽ばたいていたというが今やその姿を見たものなどいない。物語の中の架空の生物。


 ――と、ほんのついさっきまで吸血鬼であるヴィオラは思っていた。

 そして、突如砲弾のように上空から突っ込んできた黄土色をした怪物を見て現実にもドラゴンがいるということを然りと認識した。

 巨大な四肢、トカゲを思わせる鱗、長い尻尾に前足に付いた飾りの様な皮膜に鋭い剣と何ら代わらない――いやそれ以上の業物の牙がズラリと並んだアギト。これだけならまだ可愛い、と思う物好きもいるかもしれないが人間どころか象などの大きさを遥かに超え砦や城塞のように長大なその体躯を間近で見て可愛いと豪語できる存在が果たして指で数えられる人数もいるだろうか。少なくとも吸血鬼であるヴィオラは人間を圧倒する肉体的スペックを持っているが目の前の怪物に勝てるとは微塵も思わなかった。

 ――死ぬ。

 直感を超えて第六感と言っても過言ではない、生物よりも死人に近い吸血鬼であるにもかかわらず生存本能を全開にしたヴィオラは人間の反射速度を軽々と超す速度で地面を蹴ってすぐその場を去る。

 そして、地面からヴィオラの足が小石一つ分ほど地面から離れた時点でヴィオラは自ら跳んだ後方とは全く別の横方向へと思い切り吹き飛ばされた。

「ガハッ……!!」

 例えるならば破城槌を何の知らせもなく直撃したに等しい。

 いや、実際の威力はそれ以上だろう。

 人間ならば上半身が吹き飛んでいてもおかしくはない。

 ヴィオラが辛うじて全身打撲の全身骨折程度で済んでいるのは吸血鬼の中でもことさら体が頑強な種であったからである。

 でなければ横合いから音速一歩手前の速さで繰り出された木製の槌などよりもずっと堅い怪物外皮の一裂きをその程度で耐えることなどできなかっただろう。

 殴られたヴィオラは壁に全身を殴打する。

 人間の住む領域から西へ遠く外れた荒野。その荒野にいくつかある地面の亀裂。荒野に現れた人食い鳥の集団に襲われながら野宿することを嫌ったヴィオラが入り込んだこの亀裂は運が悪いことに人食い鳥が羽虫のように思える凶悪な生物の通り道だった。

 荒野の竜ウェイストランドドラゴン

 このドラゴンは空を飛ぶことがほとんどできず地面を移動するドラゴンにしては特殊で飛竜ではなく恐竜と呼ぶにふさわしい。

 その生態は基本的には周知されておらず何百年に一度発見されたという報告が上がる程度にとどまる。

 なんせ人知未踏の塵の荒野の奥地を住処とし目につく生物を喰らい尽くしているのだから。


 ドラゴンとは知的なものであるというイメージは強く、伝説上では話を交わすようなドラゴンがよく描かれているがそれは言葉を話そうという気概がある個体であり大概の竜は他の生物を食料にしか思っていない。恐らく言葉を理解しうる知能を持ち合わせているのだがそれを使おうという気がないのだ。


 死ぬ。

 ヴィオラはただそれだけの感想を思う他になかった。

 只の一撃において吸血鬼でも回復困難なレベルでの傷を負い辛うじて意識が残っているに他ならない。彼女は目の前にいるドラゴンを見て嘆くことすらも叶わない。


「……迷って音の成る方に来てみればこれは珍しい。こんな僻地――というよりも地底に人がいるとは」


 ただまあ、ヴィオラは運がいい方の悪魔だったのだろう。

 地獄に仏。

 というよりは窮地に駆け付けた主人公ヒーロー


「つーか、これ死にかけだな。いや死んでいるといってももう過言でないレベルでボロボロ。あーでも、即死じゃないから人間じゃない?人型プラナリア?」


 呑気な声を出しながらヴィオラとドラゴンの間に現れたのは埃まみれの襤褸切れのようなコートを身にまとう少年だった。


「んー流れ出した血が集まっているってことは――吸血鬼か、更に珍しいな。吸血鬼なんて暫くぶりだ。あの連中は悪魔とともに影の国にでも帰ったと思ったがまだ現存していたんだなあ」


 影の国とは吸血鬼や悪魔を含めた負の性質の者たちが築き上げた国。

 伝説で言い伝えられているがヴィオラですらその場所をしらない。

 

 この少年は誰か、なぜここにいるのか、どうして影の国を知っているのか。

 尋ねたいことは山ほどあるがそんな言葉を言っている余裕はヴィオラにない。


「……た、たず、……げ……て」


「うん?いいよ。これも何かの縁だろ」


 居酒屋の主人が注文を受けたときのように気軽に少年は返事をした。


 同時に、荒野の竜はヴィオラに放ったのと同じように前足による薙ぎ払いを同じように少年へとむけて繰り出した。

 思慮のない一撃。

 知性を持ち合わせていながらも全く有効利用しないその一撃はしかしながらこの世の生物ならほぼ命を散らすことになる破壊力を有する。


 ズドン、と鈍く重い破壊音が鳴り響いた。

 感情な岩壁に巨大な鉄球を打ち付けたかのような響き。

 

 ヴィオラが吹き飛ばされたその一撃は――されど少年の細い腕一本で完全に受け止められていた。

 少年は微動だにしておらず、竜の一撃の重みによって少年の足元が陥没した程度の変化のみ見受けられた。


「威勢がいいね、でも頭が悪そうだ。さては無学だなオマエ」

 

 少年はドラゴンへ向けて一歩踏み込んだ。

 そして少年は消える。

 吸血鬼のヴィオラの動体視力をもってしても捉えきれない速度。

 まるで魔法のようだが魔法を使われてはいない。

 少年の立っていた足元がひび割れ、衝撃波によって周囲が荒れ、先ほど以上の轟音が響き、ドラゴンの頭が少年の拳によってグシャリと潰れるのは殆ど同時だった。


「ま、俺のことも知らないようなドラゴンはこの世に要らないか。弱いどころか生きる知恵もない生物は要らないな」


 荒野の竜は吹き飛んでいった。

 荒野の地面の亀裂からその夜空へと。

 流石に星になるほど飛ばされることはないだろうが荒野の果てへと住処を変えざるをえないかもしれない。

 

「運が良ければ生きてるかもね。……あ、吸血鬼お姉さん生きてる~?これはヤバそう、マジで死ぬ十秒前だ」


 薬草薬草などと慌てだした少年を前にヴィオラの意識は途絶えた。

 

 少年が旅をする話、或いは世界がその存在に激震する天変地異の伝説の物語がここから始まる……かも。

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