結婚式(20)

「ありがとうございました! 中学生の皆さんに、盛大な拍手を!」

 境内に、マイクを通した冴村さえむらの声が響く。同時に、一斉に見物客が手を打ち鳴らした。

 おれは紙コップを持っていない方の手で、ぽんぽんと太ももを叩く。


「あの人、上手いね」

 おれは拝殿の下でマイクを持ち、司会をしている冴村を指さして白鷺しらさぎに言う。おれは、自分の披露宴の司会者に十万近く払ったが、あの女は良く考えたら無料でこの質だ。


「そりゃそうですよ。いろんなイベントもこなされてますから」

 白鷺は肩を竦める。礼服の袖には『町広報』という腕章を嵌めていた。


「ボランティアコーディネーターって、そんなこともするの?」

 驚いて尋ねると、白鷺は笑った。


「何でも屋ですね」

 同時に、境内で警報が鳴り響いた。


 一瞬おれは身構え、境内に視線を走らす。参加者も同じだ。不安げに互いを見比べ、様子を伺っている。


「落ち着いてください。……これは……」

 マイクを通して冴村が不安げに囁く。


「子どもたち! 早くお父さんとお母さんのところにっ」

 冴村がそう注意を促した途端、その辺を駆け回っていた子どもたちが、一斉に両親らしき人たちのところに戻っていく。


「ひょっとして」

 冴村が良く通る声でそう言った時だ。


「はーっ、はっはっはっは!」

 突如高笑いが聞こえ、なんとも不穏な音楽を中学生吹奏楽部が奏で始める。


「現れたな、放火魔王!」

 冴村の怒声と同時に、琴葉ことは総一郎そういちろうが座っていた特設席の背後から、黒づくめのマントをまとった男が現れた。「うぉっ」と驚く総一郎の隣で、琴葉が訝しげに、「……庄内しょうないさん?」と呼びかけているところを見ると、中身は消防の庄内らしい。


「オレ様は火の悪魔、放火魔王だ!」


 ひな壇の二人の背後で高らかに名乗りを上げるが、『放火魔』なら、火の悪魔ではなく、普通に極悪人だ。


「今日は面白そうな催しがあるからやって来てやったぞ! 会場と新郎を燃やし尽くしててくれるっ」


 こちらも、コードレスマイクを仕込んでいるのだろう。やけに声が響いた。言うなり、放火魔王は、総一郎の首を後ろから締め上げるふりをする。


「ついでに、積年の恨みをここで晴らしてやるっ! いつもうちのボランティアを引き抜きやがってっ、社協ボラセンめっ」


「ああ、総君っ」

 演技がかってはいるが、琴葉が悲鳴を上げた。それに応じるのは、冴村だ。


「私怨はやめろ! 消防の扱いが悪いから、ボランティアがうちに流れるんだろうっ! 私の後輩の婿を離せ!」


 こちらはさすがにサマになっている。ポーズをびしりと決めると、会場に向かって「こどもたち!」と呼びかけた。


「このままでは、あのお兄さんは、放火魔王に燃やされてしまう!」


 ええ、と怯えたのは、子どもたちだけではなく、総一郎もだった。その姿を、あやめが嬉しそうに激写している。

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