結婚式(14)

「先に境内の桜の綺麗なところで写真を撮るそうですから、まだ時間はあるでしょうが……」

 おれの様子に、冴村さえむらはくすりと笑う。


「写真は、高校生と総一郎そういちろうの妹が撮ってくれるみたいですね」

 おれはそれでも、ふぅふぅと紙コップに呼気を吐きつけ、なんとか急いで飲めるように努力を行う。


「さっき見たら、高校生たち、レフ板とかも持ってて、すごかったな。いい写真が撮れると思う」

 嬉しげにそう口にした冴村を、おれは上目づかいに見た。


「……あんまり、ここの人たちって、おれたちのことを聞かないんですね」


 そう尋ねると、冴村は少し首をかしげる。

 このあと、総合司会をする、というだけあって、黒のスーツではあったが、要所要所をおさえたアクセサリが彼女を華やかに見せていた。


「聞くって?」

 促すように尋ねられ、おれは口をすぼませた。


「……結婚式なのに、両親が来ない、とか。普通ありえないでしょ。さっきも、接待してくれてるばあさんの一人が、『ご両親はいつ来られるの?』っておれに聞きに来たんですけど、『いや、来ないです』って答えたら、『そう』って。それでおしまい」

 そう言うと、冴村は可笑しそうに笑った。


「多分、お兄さんがもっと『実はね……』とか言いだしたら、『はいはい』ってすごい食いつき方するとおもうけどね」

 冴村はひとしきり笑うと、首を少し傾げるようにしておれを見た。


「そんな人もいますよ。根掘り葉掘り聞いたり、障がいがある、って分かったらすぐに『可哀想ねェ』って言う人とか。でもね」

 冴村は肩をすくめる。


「どこでもそうだけど。そういう人は、嫌われるし、淘汰されて来なくなる。あの年齢までボランティアが出来ている、ってことは、それはそれなりに作法や行儀を知ってる人たちなんです。空気が読めたり、配慮が出来たり……」


「……なるほど」

 おれは頷いた。気にはなるけど、言いだすまでは待っている、ということなのだろう。それまでは、互いに気をつかいながら過ごしていきましょう、と。


「あ。お兄さん、ここにいらっしゃったんですか」


 みしみしと廊下の軋み音が背後から聞こえ、おれは紙コップを持ったまま振り返る。冴村も同じように視線を移動させ、それから目元をほころばせた。


「これから僕たち、境内の桜の方で写真を撮るそうなんです」


 奥の和室から出てきたのは、総一郎だ。


 羽織袴に、杖をついている。

 いつもは杖歩行はしないらしんだが、袴の裾と義足に嵌めた足袋が不安要因らしい。写真を撮るときは外すとして、移動するときは念のために使用する、と持ってきていたのは知っていた。


「おれ、教会式だったから、なんか新鮮だわ」

 頭の先からつま先まで総一郎を眺め、おれは正直な感想を口にした。


「……だけど。あんま、変わんねぇな、お前」


 確かに『羽織』だの『袴』だのは普段見ないが、髪の毛はいつもどおりふわふわだし、鳶色の目はおどおどキョドキョドしているし、どこから見ても、『日置総一郎ひおきそういちろう』だった。

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