結婚式(12)

「良かった、来てくれて!」、「もう、どうしようかと思ってたのよ!」

 途端にばあさんたちがおれから離れ、一斉にこちらに近づいてくる女性に群がった。


 同時に懐中電灯の光もそちらに移動し、おれは闇に包まれる。

 おい、こら、と怒鳴りつけようと思ったが。


 ばあさんたちが、本当に安心したような顔でその女性に群がる様子に、口を閉じた。


 ぽっと来た俺なんかとは違い、この女性には本当に信頼をおいているらしい。


 時系列も内容もごちゃまぜにして、口々に女性に何か言っているが、それはおれに対して言ったような不平や不満ではなく、「こんなことがあった。……けれど、あんたが来てくれて安心した」と言外のメッセージが含まれていて、おれは見ていて不快ではない。


 むしろ、へぇ、と思った。

 これが、冴村さえむらかぁ、と。


「ライトが足りないんですね?」

 冴村はばあさん達に取り囲まれながら、少し首を傾げた。


 ばあさん達より大分背が高いから、顔も容姿もはっきり見える。

 細身の、40代前半の女性だ。

 くっきりとした目鼻立ちとダイヤのピアスがなんとも合っている。割と派手目の女性に見えた。単語を明確に発音するせいか、冷たい印象があるが、それを補っているのは優しげな黒瞳がちの目だ。


「あの電気工事の人が、暗いって」

 ばあさんの誰かが言い、「誰が電気工事の人だ」とおれが突っ込む。


「ああ。運営委員長ですね」

 くすり、と笑ったのは冴村だけだった。


「みなさん、あの人は菅原すがわらさんのお兄さんですよ」

 冴村はばあさんたちを見渡してそう言ってくれた。


 ばあさん達は、「あれ、そうなの」、「親族だったんだ」と小声でささやきあうが、認識としては、「電気工事のひと」というのを改めない。

 しまった。電気工事士とか言わなきゃよかった。そう顔をしかめたときだ。


「手元を照らすんですね。少し待ってください」

 冴村は、よく通る声でおれに言うと、くるりと踵を返した。どうするんだろう、と思っているおれをしり目に、境内を出て行く。


「いや、これで問題は解決だね」

 代表のばあさんがそう言い、ぱんぱんと手を打った。


「道具を運んじゃいましょう。調理器具、持ってきて!」


「いや、待てよ。何が問題解決なんだよ」

 わらわらと各自動き出すばあさんに、おれは驚いて声をかけた。現状、なにもさっきと変わりはない。


「冴村さんが来たからもう大丈夫よ」

 ばあさんはにっこり笑い、それから「ほら、あんたは梯子を上って」と命じる。


「じゃあ、誰か照らせよ、上を」

 そう言うが、ばあさん達はもう、誰も聞いちゃいない。それぞれ懐中電灯で自分の手元を照らしている。


 ……もう、知らん。


 そう思った時だ。

 車の排気音とタイヤの音が近づいてきた。

 こんな朝早くに来るのは、また誰かボランティアか、と思っていたら。

 神社の門から、野太いライトが伸びてくる。


「あ、ライト」

 ばあさんの誰かが呟いた途端、ざりりと境内の砂利を踏む音が響き渡る。驚いて視線を向けると、神社の楼門をくぐってパジェロミニが現れた。


 ざりざりとタイヤが砂利を踏みながら、車は境内を徐行する。


「……え。車両乗り入れできるの?」

 呆気にとられておれが代表のばあさんに尋ねると、「神輿が通るんだから、車の幅も通るわよ」と平然と返事された。


「バチとかあたんないのか?」

 おれが言うと、ばあさんは顔をしかめた。


「祭りのたびに役員は車両をここまで乗り入れて片付けだ準備だのしてるのに。バチがあたるんなら、役員皆死んでるよ」


 物騒な事を言われた。


「これでどうですか」

 不意に凛とした声が鼓膜を撫で、顔を上げると同時にまばゆい光に目を細める。


 車両のライトだ。

 冴村が位置を微調整して停車し、運転席から顔を出しておれに声をかけた。


「これで大分ましでしょう?」

 言われておれは、上を見上げる。


 ばっちりだ。車両のライトが照らしているせいではっきりと見える。

 やはり木の箱は分電盤らしい。右半分が切り取られ、ブレーカーらしいスイッチが見えた。


「助かりました」

 おれは冴村に声をかけ、梯子を上る。


「車のライトとは考えつかなかったな」

 ちらりと背後を一瞥してそう言うと、運転席から降りた冴村が肩を竦める。


「被災地ではこうやって車のライトを使って夜間は作業しますから」

 なるほどねぇ、とおれが思っていると、足元ではばあさん達が、「明るくなって良かった」、「まったく、配線の片岡さんはなにしてるんだか」と愚痴を言い合っていた。

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