結婚式(3)
担当した施主が納期を急かすから、愚図る職人をなだめすかして、寒空の中、現場で作業をしていたときだった。
『おお、そうか。日は?』
おれは職人に合図をして少し場所を移動しながら尋ねる。『嫁からか』。親方がからかうから、首を横に振って、『妹。今度結婚すんだ』そう答えると、職人達から一斉に拍手が起こっておれは照れくさい。
『あれ、仕事だった?』
拍手やヤジが聞こえたのか、
『神社で式だけ挙げて、披露宴というか食事会は別のお店をとったの』
琴葉が口にしたのは、このあたりでは一応名の通ったフランス料理の店だ。ただ、キャパ的には結構こじんまりしてるよな、と思っていたら琴葉が言葉を続けた。
『
なるほど、だったら問題ないだろう。
『料亭とかじゃなくていいのか? 付き合いのある店、いくつか知ってるけど』
口を利いてやるつもりでそう言ったら、『総君、正座できないから』と言われて、おお、そうだと思い直す。
『それでね、お兄ちゃん。今度、打ち合わせをしたいのよ』
琴葉が切り出し、おれは目を瞬かせた。
『打ち合わせって、なんの』
まさかおれになんか役をさせようというんじゃないだろうな、と思ったときだ。
『その神社ね。私の知り合いのボランティアさんが神主をされてるの。私が結婚式をこじんまり挙げたいって話をしたら、じゃあ、うちでどうだ、って言ってくれたのよね』
『へぇ。その神社、結婚式とかするんだ』
『ううん。初めてなんだって。最近はお宮参りの子もあんまり来ないって』
『……おい、大丈夫かよ』
呆れておれがそう言うと、『だからね』と琴葉が続けた。
『ご親族のかたも交えて打ち合わせをしたい、って神主の
そう言われ、おれは承諾をした。
あの両親を切り捨て、妹の後見人として名乗りを上げた身としてはそれぐらいせねばなるまい。家に帰って
夏菜はどうもおれがけんかっ早いと思っているらしくていけない。
『でも、打ち合わせって、なにかしらね』
夏菜は首を傾げた。
『さぁ。場所の案内とかじゃねぇの? ここで着替えてくれ、とか。給湯所はここだ、とか』
おれが答えると、『そうねぇ』と曖昧に返事をする。『じゃあ、私、黒留の上から被る割烹着を用意しよう』と呟いた。
あの日以来、夏菜は少し変わった。
おれは夏菜に告げた。
来年一年、頑張ろう、と。
来年一年頑張って、それでも子どもが出来なかったら、子どもの代わりにおれがずっと夏菜の側にいてやるから、それじゃダメか、と。
ふたりだけで生きて行っても、お前が寂しくないように、おれがずっとそばにいてやるけど、それじゃだめか、と。
夏菜はしばらくおれの顔を黙って凝視していたけれど、不意に肩をすくめて苦笑した。
『仕方ないな。子どもの代わりに、
そう言って以降。
徐々にではあるけれど。
夏菜が泣く回数が減っていった。
同時に。
病院に行き、助産師に相談することもやめたようだ。
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