結婚式(2)

「……ちょっと、もう一回聞きますけど」

 唖然と口を開いている総一郎そういちろうの隣で琴葉ことはが、額に手を当てて目をきつく閉じている。


「えっと、今日の打合会で決めるのは、『運営委員長』ですか?」

「いや、そりゃ、他にも決めたいことは沢山あるよ。『ステージ部門』と『屋外部門』の担当者とか」


 山羊のような外見のじじぃが慌てたように琴葉に言い、総一郎は更に口を開き、おれは目を見開いた。琴葉は無言だが、こめかみの血管が浮き上がり、脈打っているのが見える。


「『ステージ部門』と、『屋外部門』……」

 思わず呟いたおれに、山羊じじぃが視線を向けた。


「えっと、菅ちゃんの旦那さん?」

 そう尋ねられ、慌てて首を横に振った。


「自分は兄です」

「お兄さんか! 道理でなんか似てるよ」

 ぽん、と手を打って山羊じじぃは人の良い笑みを浮かべた。その顔のまま、今度は総一郎を見る。


「ってことは、あんたが旦那さん?」

「今はまだ婚約者ですが」

 総一郎は律儀に訂正し、よちよちと両足を揃え、ぺこりと頭を下げた。


日置総一郎ひおきそういちろうです。このたびはお忙しい中、ありがとうございます」

「いやぁ、全然。こっちはうれしいぐらいだよ。そうかぁ、菅ちゃん、今度から『日置』って名字になるのかぁ」

 山羊じじぃは目を細めて笑うが、琴葉は鋭い目つきで彼をにらみつけた。


「私、何度も言ってますが、『菅原琴葉すがわらことは』です。『菅琴葉すがことは』ではありません」

「どっちでもいいよ。もう少ししたら、名前変わるんだから」

 山羊じじぃは豪快に笑って訂正するそぶりもない。ひでぇじじぃだ、と呆れたとき、彼の後ろの襖から大声が響いてきた。


「おい、神主よ! 早くこっちに入ってこい!」

 胴間声に山羊じじぃは振り返り、日に焼けて変色した襖に「おうよ」と返事をする。


「いつまでも、入り口で申し訳なかったな」

 山羊じじぃはおれ達を順繰りに眺めてそう言うと、襖の引き手に指をかけた。木瓜の形をした銅製のものだ。随分と年季が入っているが、不潔な気配はしない。


 それは、この建物全般に言えることだ。

 社務所だ、と琴葉からは聞いている。


『結婚式、神社で挙げようと思うの』

 琴葉からそう連絡が来たのは、まだ松の内の頃だった。

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