ホーム(21)

「だって、指輪、嵌めないし、私」

 琴葉ことはは俯き加減に口を尖らせる。


「お前、デイサービス勤務じゃなくなったろ。事務職だろ。はめても問題ないんじゃないのか?」

 そう言うと、案の定、「そうだけど」と言って、琴葉は口ごもる。おれはじろりと睨みつけた。


「つけとけ。男避けで」

「そ、そうだよっ! 既婚者ってみんなに示してっ。変な男が近寄らないようにっ」

 おれと童顔でそう言い、琴葉は動揺したように瞳を揺らせたが、相変わらず視線を落としたまま、ぽつりと言った。


「だって、結婚指輪って、ふたりでつけない? 私だけつけても……」

 そう言われても、意味がわからなかった。


「いや、お前もつけるよな」

「ええ、僕もしますよ」

 きょとんと童顔と顔を見合わせ、それから自分の結婚指輪を見る。


 結婚指輪の嵌められた、左手の、薬指を。


 左手。


「……あ」

 戸惑ったように先に声をあげたのは、童顔だった。


「いいんだよ、コトちゃん。僕、左手ないけど。あの……。えっと、どうしよう」

 当の本人が盛大にオロオロしている。どうやら、「琴葉にあげたい」が先に立ち、「自分もするのだ」という自覚がどこかで無くなっていたのだろう。


 いらなかったわけじゃないんだ、とおれは茫然と妹を見た。

 気を、配ったのだ、と知った。

 左手が無い、こいつを。

 気付いていないのなら、そのままやりすごそう。

 そう、思っていたのかもしれない。


「僕、右手にはめるよ、ね?」

 俯いた琴葉の顔を下から見上げるように童顔は言うが、琴葉は薄く笑う。


「だって、おかしいよ。結婚指輪、左手だもん。いいよ。いらない」

「右手につけたら、おかしいかな……」

 童顔が急におれに尋ね、おれは困惑する。「いや、どうかな」。そう呟いた途端、ぐりん、と首を琴葉に童顔はむけた。


「じゃあ、大事に結婚指輪は財布に入れて持ち歩くからっ」

「お前、そんな金運祈願じゃねえんだから」

 あきれてそう言うと、「じゃあ」と童顔はさらに声をあげた。おお、更に何か提案があるのか。


「チェーンに通して、首からかけておくっ」

 力強くそう言い、おれはそんな奴の姿を想像した。


 そして。

 おもわず噴き出す。


「なんかこう。ゴールデンレトリバーの首輪みたいだな」

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