ホーム(19)

「ちょっと! 何してんのよっ」

 妹の名前を呼び、茫然自失のおれとは違い、琴葉ことはの動きは早かった。


「総君になにかしたら、ただじゃ済まないんだからっ」

 そんなことを怒鳴って、ブーツの踵を鳴らしながら、猛スピードで階段の方に走っている。


 あれ、うちの妹って、あんなに勇猛だったっけ。


「……あんたの恋人って、菅原琴葉すがわらことは?」

 静まり返ったホームには、がつがつがつがつ、という武骨な琴葉の足音しか最早響いていない。おれは呆気にとられて、隣に座る童顔に声をかけた。


「そうです。……えっと……」

 童顔は二三度まばたきをして首を傾げた。


菅原音葉すがわらおとはだ。妹がいつもお世話になっております」

 苦笑して顎を沈めるように頭だけ下げると、呆気にとられたように童顔が目を見開く。


「……なんだ、道理で」

 だけど、それも数秒のことだ。童顔は、くすりと笑い、鳶色の目を細めた。


「道理で、なんか他人のような気がしませんでした。お兄さん、コトちゃんにすごく似ていますね」


「……そうか?」

 驚いて尋ねた時、「お兄ちゃんの、馬鹿ぁ!」と琴葉の呪詛の声が聞こえてくる。


「兄ちゃんに対して、馬鹿ってなんだ、馬鹿って」

 おれは座ったまま上半身を移動させ、童顔を躱して、その向こうに見える階段を見た。


 猛烈な勢いで琴葉が駆け下りてきている。スカートの裾なんて蹴散らしているから思わずおれは眉をしかめたが、それは童顔も同じだったらしい。


「コトちゃんっ。スカートっ! み、見え……、そうで見えないけど。それに、転ぶよっ! 危ないよっ」

 童顔は慌てて立ち上がろうとしたが、それより先に琴葉が駆け寄る方が早かったようだ。

 妹は、おれの目の前で、ばふり、と勢いよく童顔の上半身に抱きついた。


「うげっ」

 童顔が呻くが、妹は構わずに力強く抱きしめる。


「私、この人と結婚するから」

 ぜいぜいと息を切らしながら、形の良い眉を跳ね上げ、すっきりとした目で琴葉はおれを睨みつける。


 おれはまじまじと妹の顔を見た。

 へぇ、と思う。

 うちの妹、こんなに美人だったっけ、と。


「つい数日前、実家に帰ったんだよ。クリスマスの日。お前も呼ばれてたんだろ?」

 おれはベンチに座ったまま足を組み、その膝の上に頬杖をついて琴葉を見上げる。


「……行ったって、つるし上げ喰らうだけじゃない」

 琴葉は童顔を抱きしめたまま、唸るように答える。「苦しいって、コトちゃん」。童顔がもがき、おれは笑いながら「離してやれよ」と琴葉に声をかけた。


「あいつら、絶対許さないぞ、結婚」

 おれの言葉を、琴葉は無言でやり過ごし、それからおれを凝視した。


「お兄ちゃんは、どう思う?」

 多少は抱きしめている手の力を抜いたのかもしれない。ふぅ、と童顔が息を吐く音が聞こえた。


「お兄ちゃんは、総君のこと、どう思う?」

 問われておれは答えた。


「兄ちゃんは、この男がお前を幸せにすると思う」


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