ホーム(18)

「……なんか、あんたと話せて良かったよ」

 おれがそう言い、童顔も「僕もです」と頷いた時だ。


 駅構内にアナウンスが流れ、向かいのホームに電車が滑り込んできた。

 その動きに合わせ夜の冴えた空気が動き、おれの首筋に冷気がまとわりつく。思わず首を竦めた時、「あの」と声をかけられた。


「なに?」

 足を延ばし、首をマフラーに埋め、背中を丸めた行儀の悪い姿でおれは童顔を見やる。


「あの電車に、僕の恋人がいるんです。多分、こっちに来てくれると思うので、紹介してもよろしいですか?」 

 きらきらした瞳でそんなことを言われ、目を丸くした。


「なんて紹介するんだよ。他人だぜ」

「電車で助けていただいたんです、って」

 童顔は嬉しそうに笑う。いや、助けたというか、見かねたというか……。


 おれは複雑な思いでやつの顔を見返すが、かといって、次の電車が来ないうちは、おれもこのホームを離れられないしなぁ、と思いながら。


 こいつの、カノジョとやらにも興味があったのは確かだ。

 障がいがあると分かって、大した金持ちでもないこいつと付き合い、親族の反対を押してまで結婚をしようとしている女。


 なんとなく想像したのは。

 モノ好きで、ちょっと変わった、イマドキではない女だ。


 正直、『普通』の男は相手にしないような、それでもって嫁き遅れた女なんだろう。ひょっとしたら、やけに『人権』とかを振りかざすような女かもしれない。

 そこまで想像し。


「……やっぱおれ、別に……」

 会いたくないな、面倒くせぇ。

 そう言いかけた時だ。


 到着した電車は乗客を掃出し、再び走り去っていく。

 遮るものがなくなり、向かいのホームは丸見えだ。


「あ」

 童顔が声を上げ、おれは横目で彼を見る。


 そして、苦笑した。

 なんという『表情』をしてんだ、こいつは、と。


 蕩けるような笑みを浮かべ、宝物を発見したこどものように上気した頬で、童顔は少し恥ずかしげに右手を振っている。


 どんな女だよ。

 おれは童顔の視線を辿り、向かいのホームに視線を滑らせた。


 ホームには、手を振り返す女が見えた。

 というか、ホームにはその女しかいない。


 フードの付いた黒いコートに、スウェード素材のブーツを履いた女だった。

 コートもブーツも流行りものというわけではないが、遠目にもそれなりの値段をかけているのがわかる。なんだか意外だ。


 スタイルだって悪くない。多少背は低いがすらりとした、細身の女だ。

 卵形の小ぶりの顔に沿うような、手入れの行き届いたセミロングの髪に、一重ですっきりとした瞳を見た時。


「あ――――っ」

 おれたちは線路を挟んで、互いに指をさし、大声を出した。


「お兄ちゃんっ」「琴葉ことはっ」

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