ホーム(15)

「反対、されてますね」

 童顔は、穏やかな顔のままおれに答えた。


「だろうな」

 おれは呟く。呟きながら、心の中で琴葉ことはに言った。


 ほら、『普通』は、そうなんだよ。やめておけよ、と。


「どうすんの? 指輪とか言ってるけど、結婚できんの?」

 上半身をおもいきり背もたれにあずけ、足をだらしなく伸ばして、童顔に言葉を投げた。


「結婚はしますよ。彼女がそれを望んでいるから」

 童顔の声には迷いがない。どちらかというと、静かで落ち着いた声で、芯があった。


 おれは、ぼんやりと向かいのホームを見る。

 夜の十時を回り、ホームに人影はない。閑散とした風景は、深々と温度を下げて行く。


「僕は、絶対に彼女を幸せにします」


「できんの? お前が」

 その言葉は白く靄になり、おれの首回りを漂った。


 多分。 

 童顔に言うふりをして、おれは自分自身に言っているのだ。


 お前は、夏奈なつなを幸せにしているのか、と。


「結婚っていう形態だけが『幸せ』のかたちじゃないんだろうしさ」

 おれは背中を丸め、蛍光灯に白けた向かいのホームをただただ見つめて言う。


 その通りだ、と思った。

 あの時は『普通』に急かされるようにして「結婚」したような気がする。

 高校時代から付き合って、二人とも就職して、生活も安定して。

 そしたら、『普通』は、「結婚」するだろう、と。


「同棲とかさ、事実婚とかさ。いろいろあるじゃん。それでもいいんじゃね?」

 わざわざ結婚なんかするから、こんな嫌な目にも、辛い目にも、不愉快な思いもしたのだ、とおれは心のどこかで思っているのだ。

 そんな時。


「あなたはそれでもいい、と思っておられるんですか?」

 逆に問い返されて、思わず童顔を見た。


「今、結婚されているあなたが、そう思っておられるんですか?」


 てっきり、嫌味を言われたのだと思ったが。


 おれの眼前にあるのは、きょとんとして、不思議そうな童顔の顔だった。

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