ホーム(16)

「……お前、今の女って、何人目の女?」


 おれはしばらく童顔を無言でみつめていたが、そう聞いてやる。

 てきめんに童顔は顔を赤くし、「はぁ、まぁ」と訳のわからない言葉を続けた後、「初めての恋人です」と小声で言った。


「別の女とつきあってみたい、とか思ったことない? 今のまま結婚したら、正直、他の女とヤる機会ねェぞ」

 童顔に言いながら、それはおれに言ったようなものだ。


 いや、おれが結婚する時に、散々仲間にからかわれたことだった。

 その時は。

 それでもいいと思った。


 別に夏奈なつなに不満があるわけでもない。いい女だとも思う。

 高校1年の時におれから告ってつきあいが始まった。

 気心も知れているし、ケンカはするけどその分、仲直りもしてきた。……主に、最初に謝るのはおれなのが気にくわないが……。


 だけど。

 まぁ、このまま一緒でも良いか、と漫然と思った。深く考えなかった。


 だから。

 結婚したのだけど。


 最近、心の奥で囁く自分に気づくのだ。


 この女と結婚しなければよかったんじゃないか、と。


 そうすれば。

 今月もダメだった、と泣く夏奈を見なくてもいいし、排卵誘発剤を飲んで具合の悪そうな夏奈を見なくてもいいし、こどもを急かされて落ち込む夏奈を見なくても良かったのだ。


 夏奈と結婚したから。

 おれは、今、こんなにも辛く、苦しく、しんどい思いをしている。


「僕の恋人は、僕に出会うまでに、ふたりの男性とつきあったそうです」

 静かな、聞き心地の良い声が、さらりとおれの周囲を取り巻いた。


「とても酷い別れ方をして、彼女はとても傷ついていました」

 おれは顔を童顔に向ける。童顔は、目を合わせてにっこり笑った。


「正直ね、日本国が『殺しのライセンス』を配布するなら、なんとしてでも手に入れ、僕はこの二人を殺したいと思っているんですが」

 さらりとおっかないことを言う童顔に、おれはぎょっと目を見開く。


「その彼女が僕に言ったことがあります。自分は脇役だから、恋はできない、って」

 だけどね、と童顔は、にぱりと口角を上げて笑った。なんだか、ゴールデンレトリバーに似た笑いだ。


「彼女は僕のヒロインですよ。僕の人生の、彼女は女主人公です。そんな女性が目の前にいるのに、どうして脇役の女性に心惹かれなくてはいけないんですか?」

 そうして、童顔は首を小さく傾げて見せる。


「彼女を傷つけてまで、僕は他の女性に手を出そうとは思いません」

 童顔は、やっぱりにっこりと笑っておれに尋ねる。


「奥様は、あなたの人生の女主人公ではなかったんですか?」

「そんなもの……」

 思わず呟いたものの、語尾は噛み砕く。


 そんなもの。決まってるじゃないか。


 夏奈以外の女は、モブだって、本当はおれだって知っている。


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