番外編

お兄ちゃんとコトちゃん

ホーム(1)

 最初、夏奈なつなからだと思った。


 出勤前に、今日は仕事の後、取引先と飲み会だと言っていたが、大分渋っていたので、『やっぱり帰る。夕ご飯、一緒に食べよう』と連絡をしてきたのかと想像したのだ。


 だが。

 予想に反して、スーツのポケットから引き出したスマホに表示されていたのは、妹の名前だった。


 琴葉ことは


 無機質な漢字二文字と共に、スマホはおれの手の中でぶるぶると震えていた。

 どうしようか、と正直迷った。


 琴葉がおれに電話をかけてきた理由は、アレだ。

 結婚相手のことだ。


 クリスマスに帰省した時、母さんが激怒しておれと万葉かずはに語った、あの一件だと見当がついて、おれはため息を吐く。吐息は埋めたマフラーに溶けて消えた。


『あの子ったら、もう……! 一人暮らしなんてさせるんじゃなかった!』

 母は怒りの為に涙まで浮かべて声を震わせ、おれと万葉に琴葉のことを語った。


 結婚したい相手がいる、と言っているが、相手が障がい者であること。

 年収が琴葉より低いこと。

 結婚前に同棲をしようとしていること。


 それら一切を時系列ではなく、感情の赴くままに語るものだから、当初母が何を語りだしたのかさっぱりわからなかった。


――― クリスマスだから、実家に集まろうぜ

 弟の万葉がそんなことを言いだし、珍しいこともあるもんだ、と夏奈を連れて帰省したのが間違いだった。てっきり、琴葉もいるものだと思っていたが、彼女は電話さえよこさなかった。


 その琴葉の欠席裁判をするかのように、実家はえらい騒ぎになっていた。


 夏奈もおれも、目を丸くして母の怒声を聞いていたのだが、万葉も、万葉の嫁の静香しずかさんも、追従するように母に相槌を打っていた。

 その様子に、多分事前に母から何か聞いていたのだ、と知れた。


 同時に。

 夏奈と目を見あわせて、こっそり顔をしかめた。


 あの弟夫婦の人の悪い笑みに、「やっぱりこいつらとは馬が合わない」と改めて思い知らされた。


 さて、どうするか。

 おれは口をへの字に曲げて、震えるスマホに視線を落とす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る