第162話 ローテーブル(12)

「お母さんっ!」

 追いすがるように呼んだのは、私じゃない。そう君だ。


 母は足音荒く室内を飛び出した。振り返る素振りも無い。私も声をかけなかった。

 金属音を立てて玄関扉を開閉する音がする。がちゃん、と大きな物音が一度鳴った。どうやら母はアパートから出て行ったようだ。


「コトちゃんっ」

 叱責するような声を総君が上げ、私はゆるゆると視線を移動させる。


「ダメだよ、コトちゃんっ! お母さん、傷ついてるよっ! 話し合わなきゃ!」

 押し倒している総君に視線を落とすと、咎めるような鳶色の瞳に絡め取られた。

 私はしばらく無言でその瞳を見返す。


「話し合いなんていらない」

 私は呟く。


「お母さんを傷つけても、私は総君と結婚したい」

 そう言うと、総君は困ったように眉根を寄せ、それから力を抜いてラグの上に仰向けに横たわる。私はその総君の胴に抱きつき、胸に顔を寄せた。


「絶対コトちゃんのお母さんとお父さんに結婚を認めてもらうから。もう少し待ってね」

 私の髪を撫でながら、総君が済まなそうに言う。


「いいのよ、放っておけば」

「嘘だよ、コトちゃん。全然そう思ってないだろ?」

 総君の言葉に私は目線だけ彼の顔に移動させた。


「大丈夫。僕が絶対説得する」

 私をみつめる鳶色の瞳には、不安も迷いもなかった。「うん」。総君の目をみていたら、自然に私は頷いていた。


 総君はきっとあの、わからずやの両親に言葉を尽して結婚の承諾をとりつけようとしてくれるだろう。さっき言ったように、努力してくれるに違いない。


 だけど。

 理解してくれるのに、一体どれほどの時間がかかるのだろう。


 ひょっとしたら、うちの両親は死ぬまで理解を示そうとはしないかもしれない。


 私としては。

 結果はどっちだっていいのだ。両親が私の結婚を認めようが認めまいが、私の決意は変わらない。ただ、総君のその気持ちが嬉しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る