第161話 ローテーブル(11)

 そう言われ。

 私は瞬きすら忘れてそう君を見上げる。


 あんまり長い間無言で総君を凝視していたからだろう。


「……あの。ダメ……、なのかな」


 恐る恐る総君に尋ねられた。

 弾かれたように私は首を横に振る。


「ごめん。パニックになった。今まで、結婚だ何だと騒いでたけど……」

 私は、ごくりと空気を飲み込み、総君を見上げる。


「プロポーズされたのは初めてじゃない?」


 初めて一緒に泊まった日に、『結婚を前提にしたお付き合いを』とは言っていたし、実際結婚に向けて今まで準備をしていたのだけど。


 明確なプロポーズと言うか、そういうものを聞いたのは、これが初めてではないだろうか。


「プ……。プロポーズと言うか、所信表明と言うか……」

 真っ赤になってなんだか言い訳めいたことを言う総君の左腕から手を離し、私は勢い良く彼に抱きついた。


「うわっ!」

 片足で支えきれなかった総君は体勢を崩してラグに崩れ、私はその彼を押し倒すようにして抱きしめる。


 ごちん、と鈍い音がして「痛いっ」と悲鳴を上げたところを見ると、どうやら総君は後頭部をぶつけたようだけど、その声は母の「あんたたち、なにやってんのっ」という最もな意見にかき消された。


「私、この人と結婚するから」

 私はラグに仰向けに転がり、なんとか上半身だけでも起こそうとする総君を押し倒したまま、母を睨み上げる。


「お父さんにもそう言っておいて」


「あの……。後日改めて、ご挨拶に伺いますから。……コトちゃん、ちょっとごめん、どいて。ちゃんとお母さんに……」

 総君がもがきながらそんなことを言うけれど、私は彼の上にのしかかったまま、母を見上げた。


「もうこの話はおしまい」

 母の目を見て断言する。


「……困ってからじゃ、知らないんだからね!」

 母は私にそう怒鳴りつけた。


 その顔が。

 くしゃりと歪み、泣きだす寸前のような表情を作る。


 少し、驚いた。

 母が泣く姿なんて、見たことなかったからだ。


 弟が高校生の時に交通事故で大怪我をしたときも泰然としていたし、兄と弟の結婚式でさえ泣かなかったあの母が。


 顔を歪め、目に涙をためて私を見降ろしている。


「あの! 後日連絡します! 琴葉ことはさんに電話番号をお聞きしますからっ。……ちょっと、コトちゃんっ! どいて、って!」


 総君は慌てたようにばたばたともがき、悲鳴のような声を上げた。母は「電話なんて結構っ!」。そう怒鳴りつけて、くるりと私たちに背を向けた。

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