第159話 ローテーブル(9)


「お父さん、あんたとバージンロードを歩くのが夢だって……」

 目の縁に涙を浮かべる母に、私は告げた。


「私は結婚式挙げるわよ、そう君と」

 彼の左腕を抱きしめたまま、顎を上げた。総君を見ると、彼は口角にわずかに笑みを滲ませ、困ったように私を見ている。 


「まだどんな挙式にするか決めてないけど、教会で挙げるんだったら、バージンロードだって歩くわよ」


「お父さん、絶対認めないわよ! 歩かないわよ!」

 しかりつけるように言う母に、平然と答えた。


「だったら結構。冴村さえむらさんに歩いてもらうから良い」

 私の断言に、母はぽかんと口を開き、総君は慌てて首を横に振った。


「それは困るよ!」

 総君が言うものだから、「どうして」と口を尖らせる。


「きっと冴村さんなら歩いてくれると思うよ」


「冴村さんに、コトちゃんを、かっさらわれそうで僕は嫌だ」

 必死で首を横に振る。困惑と言うより恐れが浮かぶ鳶色の瞳を見つめて首を傾げる。


「そんなことしないわよ」


「するよ! あの人、絶対する! 攫わなくても、なんか僕にコトちゃんを渡しそうにないんだよ! バージンロードぎりぎりのところで不敵に笑ってそうだ!」

 そんなことを訴える総君を見て、ふと思った。


 そういえば、何においても不安がる総君にしては珍しく、その瞳にも表情にも揺らぎが無い。あれだけうちの母に怒鳴りつけられたり、ぞっとするような言葉を吐かれても、怖がっているのは冴村さんのことだけだ。


「なんなの、冴村って!! 誰っ!」

 母がヒステリックに叫び、私は慌てて顔を総君から外した。


「とにかく、私はこの人と結婚するから。お父さんに言っておいて」

 そう告げると、激しく首を横に振られた。


「認めないから! あんた、騙されてるのよ! あとで困るのはあんたよ!」

 指を差されて糾弾され、私は顔をしかめる。その顔が気に入らなかったらしい。母は更に声を荒げた。


「『恋愛ごっこ』をしてるうちは良いわよ! あんたがしようとしているのは、この人との結婚よ! 現実を見なさいっ。お父さんもお母さんも認めないから! 困ってからお母さんに助けを求めたって知らないからね!」


 険しく私を見つめる母を。

 この場にさえ来ることを拒んだであろう父に。


 これ以上何かを求めるつもりはなかった。

 謝罪するつもりもない。

 庇護を求めるほど子どもでもなくなった。


「認められなくても、困っても。私はこの人と結婚する」


 母は、唇を噛み締めて私を無言で見つめ続ける。私もその瞳を見返した。昔であれば見返せず、俯き、ただ赦しを請うだけだったその目を。


 ふと。


 気付けば、私の手を総君が握っていた。

 総君の左腕を支える私の手を、総君の右手が柔らかく包んでいる。

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