第155話 ローテーブル(5)

「丁度良かった、あのね……」


 私は早口でお母さんに告げる。

 順番がおかしくなったことを詰っているのだろうと思ったのだ。祥子おばさんが知っていて、何故母である自分が知らないのだ、と。


 で、あれば好都合だ。

 今、そう君がいる。

 会わせてしまえばいい。そう思った。


「結婚したい人が居るのよ。あのね……」

 口にした途端。


「足が無いらしいじゃないの! あんた、何考えてるの!」


 金切り声に、切って捨てられた。


 焼け付くような視線をお母さんから向けられ、私は言葉を失う。

 その視線で喉の奥が火ぶくれを起こし、呼吸困難のように何度か息を吸って、それから吐き出せない。


祥子さちこさん、言ってたわよ! 足が不自由な人だけど、って。あんた……。あんた、もう」


 あんた、と吐き捨てられるようなことを何か私はしたのだろうか、と未だ息が上手く吐けない。私は随分と自分と身長差があるお母さんを見た。


 いや、どうにも違和感のあるお母さんを見た。


 私のお母さんは、こんな考えの持ち主だったのか、と。こんな言葉を吐くような人だったのか、と。


「……いるの?」

 お母さんの視線を辿って、総君の靴を見ているのだと知った。


「なんのこと」

 頭の中で警報が鳴り響く。


 さっきまで思い描いていた「結婚したい人が居るの」「そう、よかったわね」なんていう平和なお母さんとの会話は掻き消えた。


 私は警戒心を露にお母さんをにらみつける。玄関扉のノブを握り締め、いつでも締め出せるような体勢を取った途端、どん、と肩口を押された。


「だから、一人暮らしなんてさせるんじゃなかった!」


 私の肩ほどしかないのに、勢いをつけて半ば体当たりされ、あっけなくよろめいた。想像できないほど機敏な動きで母はその隙に身体を滑り込ませ、靴を脱ぎ散らかして廊下に入る。


「ちょっと!」

 私は怒鳴りつけた。素早く玄関扉を閉めて母の背を追うが、荒い足音を立ててすでにリビングと廊下を隔てるすりガラスの扉のノブに手をかけている。


「お母さん!」

 私の声を振り切るように、いや、私の声に圧されるように母が扉を開き、リビングに入る。

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