第154話 ローテーブル(4)
驚いてリビングの壁時計を見る。ニ一時だ。誰か訪問するには随分と非常識な時間帯ではないだろうか。
思わず
連続で、しかも執拗に玄関チャイムが鳴る。
訝しく思いながらも立ち上がり、玄関に向かった。
「コトちゃん」
慌てたように総君が立ち上がろうとしたが、義足も義手もつけていないので不安定だ。「待ってて。見てくるから」。私はそう言い置いて、玄関に向かった。
その間も、急かすように玄関チャイムは鳴り、私はドアスコープを覗く。
「……お母さん?」
なんだ、と肩透かしを食った気分で呟く。
ドアスコープの真正面に居るのは、お母さんだ。
ぎゅう、とレンズ面に顔を押し付けるように背伸びしてこちらを覗き込む姿勢に苦笑した。そっちから見ても、何も見えないだろうに、と。
なにやら随分と不機嫌そうな顔でこちらをにらみつけているのが気にはなるが、その間もピンポンピンポンと玄関チャイムを連打するのが煩わしくて、私は慌ててチェーンを外し、サムターンキーをまわす。
「なによ、お母さん。どうしたの」
玄関扉を外側に押し開き、呆れて尋ねる。
「どうしたのじゃないわよっ!」
だけど、私の声はお母さんの怒声で消された。
「
母に怒鳴られるなんて一体、何歳以来だろう、と唖然と目の前に仁王立ちする母を見下ろす。
母は、慌てて実家を飛び出したのかもしれない。
あれほど、見栄えを気にする人が今、ノーメイクだ。服も靴も普段使いのもので、私はたたただ、無言で彼女を見つめた。肩口から上る怒気の気配に焦燥感に似た不穏な空気を感じ取る。
「あんた、何を考えてるの!」
そう怒鳴りつけられ、私は戸惑う。
「何を言ってんの、お母さん。祥子おばさんがなに?」
祥子おばさんはこのアパートの大家だ。事故物件でもないのに、人が居つかないから、5年は住んでくれといったあのおばさんだ。
「結婚って……。あんた、結婚って……!」
お母さんは私を睨み上げ、その後の語尾を飲み込む。
切れ切れのその言葉を聞くに及び、私はようやく理解した。
そうだ。
祥子おばさんには確かに報告をしたのだ、と。
『引越ししたいの』
おばさんにそう切り出し、そして理由を尋ねられた。
『結婚したい人が居てね。その人が一緒に住まないか、って言うから同居することにする』
と。
そのことだ、と首から肩にかけて混めていた力をわずかに私は抜く。理由はそれだ。
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