第153話 ローテーブル(3)


 ああ、なんだ、と私は肩の力を抜いた。ラグの上に座り直し、スケジュール帳を手に取りながら私は答える。


「うちの両親なんて暇だからいつでも大丈夫。いつ行っても家にいるから平気平気」

「そういう問題じゃないよ! これこそ、大安とかそんな日を選ぼうよ」


 勢い込んで言われ、私は鼻白む。

 え。そんなに大切かな、と目を瞬かせてそう君を見つめ返すと、形の良い眉根をぎゅっと寄せて軽くにらまれる。


「言っておくけど、コトちゃんのご両親に挨拶に伺うまでは、同居しないからね、僕」


「はぁ!? 関係ないでしょ、それとこれはっ」


 思わず素っ頓狂な声を上げて抗議するけど、総君はわずかに目を細めて首を横に振る。


 その顔を見て、あちゃあ、と思った。

 意外に総君が頑固だと言うことに最近気付いた。特にこんな顔になったらもう、自分の意思を曲げない。


「……もうすぐ三〇になる男女が同棲するとか、結婚するとか。親の承諾いる?」


 ささやかな反抗を試みるも、無言でじっとりと見つめられ、溜息をついた。手に取ったスケジュール帳を、意味も無くパラパラとめくると、総君が穏やかな声で私に言う。


「身体がないときは、なんとなく同居してたけど。実際にこうやって身体に戻って、コトちゃんと生活するんだったら、僕はちゃんとしたい。ちゃんとコトちゃんのご両親に挨拶して、それで、結婚式の日取りとかもしっかり相談したい」 

 そんなの、二人で決めれば良いじゃないと思ったものの、ふと思う。


 よく考えれば、と私は小さく首を傾げた。

 総君のご両親とは実はもう、結婚式の話をしているのだ。


 二人でよく相談して決めればいい。

 そう言ってもらっていたから、なんとなく、二人で決めるもんだと思っていた。

 実際、結婚式や入籍時期について向こうから聞かれることは無い。


 ただ、あやめさんは『結婚式』については興味津々で、いろいろ総君や私に聞くもんだから、最終的に不機嫌になった総君が『お前は関係ない』と言い放ってケンカになった。


 妹がいない私としては、あやめさんが凄く可愛いのだけど、総君は違うらしい。この二人、本当によくけんかする。なんというか、遠慮がない。


 まぁ、そんなこんなを考え合わせてふと気付く。


 確かに、総君の言うとおり、総君のご両親とだけ話をして、うちの両親や兄弟に話を通さないのは変かもしれない。


「……じゃあ、今、うちの母親に電話するから、話してくれる?」

 手帳をローテーブルの上に戻し、私はスツールに座る総君を見上げる。


「お兄ちゃんが結婚するときも、別に相談なんてしてなかったけど……。まぁ、丁寧でいいかもね」

 ローテーブルの上のスマホを手に取った。総君が、幾分安堵したように息を吐く。


 そうだ。お兄ちゃんが夏奈なつなさんと結婚した時だって、別に両親に相談していたような気配はなかった。まぁ、夏奈さんとは高校時代からずっとつきあってたから、なんとなくこの二人、結婚するんだろうな、という家族間の暗黙の了解があったから。

 お兄ちゃんから結婚式の日取りを聞いて、慌ててこちら側があわせたぐらいだ。


「コトちゃんのお兄さん、結婚してるの?」

 総君が首を傾げて尋ねるから、私は苦笑する。


「弟も結婚してる。こっちは見合いだけどね」

 まぁ、親戚中で結婚してない適齢期の人間は私ぐらいなものだ。

 今のところ、甥も姪もいないけれど、来年あたり兄夫婦も弟夫婦も考えている素振りはある。


「だけど、一人娘だもんね、コトちゃん。お嫁さん迎えるのと、嫁に出すのはご両親の考えも違うんじゃない?」

 なんだか総君が緊張した面持ちで私を見るから、思わず笑い出してしまった。


「もうすぐ三〇の娘の結婚だもん。喜ぶわよ」


 いくらなんでも「結婚は許さーん」等と言って殴ることはないだろう。私の気配を察したのか、総君の表情も幾分和らいだ。


「じゃあ、電話してもらっていい? 日を……」

 決めようと総君の口唇が動いたときだ。


 玄関チャイムが鳴った。

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