第147話 総一郎(2)

 リビングで、『黙ってて』と言った彼女は、でも、一緒にベッドに入った当初、ずっと僕に尋ねていた。


『どうしたらいい?』、『どうしたい?』


 黙ってて、と言われた割にはなんだかずっと話しかけられて、これは何か試されてるのかと不思議になって彼女の目を見た。


 薄暗がりの、タオルケットに潜り込んだ彼女の瞳は。

 ただひたすらに怯えて、不安で、泣きだしそうだった。


「ねぇ、コトちゃん」

 僕は彼女にそう呼びかけて、あとは胸の内で語りかけた。


 君のあの眼を見た時、僕は君の過去の男ふたりを、心底殺したいと思ったよ、と。


 こんな顔をさせる原因を作った、あいつらに、君と同じ傷を負わせてやりたいと思った。しまった、幽霊の時に、会いに行って、殺しておけばよかった、と。


「コトちゃん、あのね」

 あのきしという君の最初の男は、ただの勘違い男だから気にすることはないんだよ、と。


 人は誰でも自分の物語の主人公なのに、他人はすべて自分のモブだと思っている馬鹿がいるんだ。彼は、その馬鹿の一人なんだよ。

 君が傷ついているのを知ってて、傷つけているのを自覚して、「それでも俺は真菜まなが好きなんだ」と勝手に自分に酔ってたんだ。


 君はね、不幸なことに、その三文芝居の端役に選ばれてしまっただけなんだ。早いところ、見切りをつけてそんな芝居から逃げ出せばよかったのに、君、人が良いから。


 でもね、大丈夫。

 その男と真菜とか言う女は絶対に上手く行かない。


 大学時代、ずっと付き合ってた、っていうけど。二人でしかいられなかったんだ。君はきっと何も言わなかったろうけど、真菜の元カレの有近ありちかとかいう男は盛大に吹聴したと思うよ。岸がどんなことをしたか、真菜がどんな態度だったか。君がどんな仕打ちを受けたか。


 で、岸と真菜は男連中からも女連中からも嫌われて、どうしようもなくて、『真菜しかいない』『岸しかいない』状態になってるんだ。


 そんな状態だから、二人は上手くやれていたんだ。大学を出たら、これ幸いに、別の相手を探してるよ。そして、それは『永遠』に、だ。永遠にその二人は、『相手』を探すんだ。きっと誰とも上手くやれない。君は、『可哀想に』と見下してやればいい。こんな男とつきあって無駄に過ごした時間が短期間で良かった、って。


「それからね、コトちゃん」

 僕は右腕を伸ばして、彼女の額に落ちかかる前髪を弾いてやる。


 二人目のその年下男は、AV画像かネット映像の見過ぎだ。

 なんか違う、って、そりゃ、お前が違うんだよ、って僕なら嗤ってやるんだけど。


 さっきのコトちゃんを見たらわかるだろ、って思う。コトちゃん、ものすごく受け身だし、臆病だ。それなのに、『商品』として売られてる行為をそのままさせようとしたんだろうから、正直、こいつこそ本当に殺したい。この子になにさせようとしたんだ、と。


「だからね、コトちゃん」


 早く、忘れなよ。


 何年経っても忘れられないぐらい辛かったのはわかるけど、早く忘れなよ。

 ときどき君が、僕の腕の中であの男二人を思い出していたことには気づいたけど。


 僕はそんな二人には絶対負けないと思ってる。

 君が、あの二人を忘れられるよう、僕は努力するし、君が望むことはなんだってする。厭なことは絶対しない。君の記憶を書き換えられるように頑張る。


「コトちゃん、大好きだ」

 僕は右腕を伸ばし、彼女を引き寄せる。コトちゃんはくたりと僕にしなだれかかり、小さく何か言ったような気がした。

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