第137話 スツール(2)

「なんだか、濃いよね」

 自分で言っておいて、思わず噴き出した。そう君も、苦笑に似た笑みを口元に滲ませて頷く。


「入って。……あ。靴、脱げる?」


 私は気づいて声をかけた。

 そうだ。イスか何か持ってこようか。

 下腿義足の人が片足立ちで靴を着脱するのを見たことがあるが、総君は大腿義足だ。左手も義手だし、と思った時、「大丈夫」と総君は言う。


「ちょっと失礼」

 そう言って右手を壁に沿わせて跪くと、その姿勢のまま腰をひねって後ろを向き、靴を脱いだ。


「あ、なるほど」

 思わず感心していると、膝立ちのまま、今度は右足からスムーズに立ち上がって見せる。


「おお」

 拍手をすると、総君は照れたように笑った。


「どうぞ、どうぞ」

 私は総君の先に立って短い廊下を歩きながら、「今日、義手は?」と尋ねる。


「外してきた」

 あっさりとそう言う。


「特に必要ないし、と思って」

 総君は言うと、可笑しそうに笑った。


「タクシー乗り場で順番待ちしてたら、幼稚園ぐらいの男の子に左手を指さされて、『透明人間なの?』って真面目に尋ねられちゃった」

 私は思わず笑い出し、総君も同じように笑った。


 まぁ。食事もしないし、特になにかをするわけでもないし、能動義手はいらないかな、と確かに思う。半袖のこの時期は、目立つぐらいだろう。


『まだ、ご飯とか上手に食べられないから、あんまり一緒に食事できないんだ。義足で長時間歩くのも、ちょっと不安で』


 実際に総君が「外出・外泊許可申請」を病院に出して、私とデートする日が決まった時、総君は困ったようにそう言った。


『行く場所、限られちゃうけど』

 済まなそうに私に言うから、『じゃあ、夕ご飯食べてからアパートに来て。DVDとかたくさん借りてきておく。アパートに泊まりにおいでよ。一緒に観よう』と提案した。


 総君は喜んで頷き、私は近所のレンタルショップで様々なジャンルのDVDを借りた。


 選んでる最中は、あれもいいな、これもいいな、と思っていた。お金を払っている時も、総君と観るのが楽しみだ、とか、今度は寝ないようにしないと、とか思っていたのだけど。


 お菓子やジュースもいるよね、とお店で買いこみ、そして、アパートに帰宅する途中で、ふと気づく。


そうだ、と。


泊るんだ、と。

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