第138話 スツール(3)
「うひゃあ。本当に懐かしい」
ダイニングに入った瞬間、
私は苦笑し、いつも彼が座っていたスツールを指さす。
「飲み物とかお菓子とか用意するから、座ってて」
キッチンに向う私に、総君は礼を言って座った。
「お土産も持ってきたんだ」
冷蔵庫からペットボトルのジュースだとかお茶を取り出し、グラスと一緒に運んでいると、ローテーブルの上に紙袋を総君が乗せていた。
「どっから出したの、この紙袋」
手には何も持っていなかったはずだ、と驚いていると、床に置いたリュックを指さされる。
「もう、なんでもかんでも、とにかくリュックに入れて運ぶことにした。そしたら手が空いて楽だから」
総君は笑う。
その笑顔を見て、私は安堵した。
大分、前向きになっているのかもしれない。
今から考えれば、私がリハビリテーションセンターに総君に会いにいった頃が、一番精神的にきつかったのだろう。険しかった目は穏やかだし、中央に寄っていた眉もゆるく弧を描いている。言葉遣いもそうだ、語気を荒げることはない。
「ここの、お店のシュークリーム美味しいよ」
私は飲み物とグラスをローテーブルに乗せ、スツールに座る総君の側に腰を下ろした。
手を伸ばし、紙袋に入った菓子箱を取り出しながら、彼を見上げる。リハセンターの駅近くにある洋菓子店で、ボランティアさんが以前差し入れしてくれてから、私も何度か行ったことがある。
「だと思ったんだよ。スマホで検索してもシュークリームの情報出るし、お客さんも皆シュークリーム買うんだけど……」
総君は顔を顰める。
「運ぼうと思ったら、リュックに入れなきゃいけないから、縦になるんだよね」
こう、と言って、総君は右手で手刀を切るようなまねをする。
「僕がもう少し、義足上段者になったらまた買ってくるよ」
総君が笑って言うから、私は首を横に振り、包み紙を開いた。
「私が買いに行けばいいんだもん。今度買って、二人で食べようね」
私は慎重に、紙箱の包装紙を外していく。
良く考えれば、初めて総君に何か買ってもらった気がする。もったいなくて、丁寧に外装を外した。
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