第135話 病室(11)

 そう君は、背中に回していた右手を離し、私の髪を撫でた。


「コトちゃんの髪の毛、つやつやだ」

 総君が穏やかな声でそう言った。私は総君の体に抱きついたまま、顔を埋める。


「あったかい総君なんて初めてだよ」

 総君に言ってから、「……あ」と、私は声を漏らす。


「え?」

 総君が不思議そうに声を出し、私はがばりと彼から離れた。


「……謝って」

 睨みあげてそう言うと、困惑した顔のまま、「ごめんなさい」という。


「内容もわからずに謝らないでよっ」

 叱りつけると、更に怯えたように「ごめんなさい」と言われた。


「な、何のこと……?」

 総君が私を見降ろして尋ね、「またそんなに怒ったら、具合悪くなるよ」とはらはらしている。


 誰のせいでこうなっていると思うんだ、とまた別の腹ただしさが湧きあがって来たが、そちらはぐっと堪えて睨みつけた。


「誰が二五歳ですって?」

 言った途端、総君は、すい、と視線を逸らした。「こらっ」。再び叱りつけると、首を縮めるようにして「ごめんなさいっ」と私に謝罪する。


「いや、だって……。年齢イコールカノジョいない歴で……。三十超えてるって、なんとなく言いづらくて……」

 総君はもそもそと、だけど首まで真っ赤になって私に言い訳した。


「二十代半ばに見られてるんだったら、もう、それでいいか、って……。なんか、そっちの方が……。いいかな、って思ったら……。言いだせなくて……」


 喋り方とか、真っ赤になった顔とかを見ていると、胸の奥から沸き起こるのは、『総君だっ』という喜びだった。


「年下の方が好みだ、っていうから、すっごく気にしてたのに」

 もう一度彼に抱きつくと、総君は「ごめんね」と再度口にする。


「年上が好みじゃないとかじゃなくて、なんかこう、昔から年上にはモテるんだ」

 総君は困ったように眉と口の端を下げる。


「だけど、みんな僕のことを愛玩動物か何かと勘違いしてるみたいで……。交際とか申し込まれたことも結構あるけど、『いや、貴女が欲しいのは犬か猫かぬいぐるみじゃないですか』って言いたくなって、全部断ってて……」

 ただ、年下にはモテなくて、と総君は呟き、私を覗き込むように見た。


「年下でも、年上でも、コトちゃんはコトちゃんだから、全然良かったんだけど」

 困惑気味の総君に、「私もそう」と笑った。


「私も。腕が無かろうが、足が無かろうが、年上だろうが、年下だろうが、総君だから問題ない」

 年齢とソレが同列なの、と総君は驚いたように言った後、


「外出、出来るように頑張るね」

 右腕で私を抱きしめながら、そう言った。

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