第134話 病室(10)

 その姿は、以前のようにコラージュされた妙な物ではなかった。


 この世界に上手く融合した、彼の姿だ。それだけで私は安堵する。私は「大丈夫」ともう一度口にして、そうだ、と思い出した。ゆっくりと鞄を引き寄せ、膝の上に乗せる。

 そう君が気遣わしげに私を見ていることに気づいた。


「コトちゃん、大丈夫? 具合悪い?」

 顔を覗きこもうとしたのだろうけど、『屈む』ということがまだ難しいらしい。もどかしげな、少しいらだったような表情が総君の顔に浮かんで、私はまた「大丈夫」と繰り返した。


「これ」

 私は鞄から取り出したA四用紙を総君に差し出した。


「なに……?」

 総君は戸惑いながら用紙と私を交互に見るので、ぐい、と押し付ける。総君はおずおずと用紙を受け取り、視線を走らせた。


「外出・外泊許可申請……?」

 総君が『入院様式9号』と書かれた用紙の表題を呟いた。


「いつも、デートコースは総君が考えてくれてたでしょ」


 すぐ側の彼を見上げた。

 ふわり、と。衣類用洗剤と、柑橘系の香りが鼻先をかすめ、ああ、総君ってこんな匂いがするんだと漠然と思った。


「今度は私が考えるから、さ来週の土曜日、その申請書を提出して病院から出て、私に会いに来て」


 総君は手に持っていた用紙から視線を外し、私を見る。何度か目を瞬かせ、それから唇を震わせたものの、ぎゅっと真一文字に絞ってから、意を決したように告げた。


「僕でいいの?」

 総君は涙が盛り上げる鳶色の瞳で私を見降ろす。


「コトちゃんとデートする相手は、僕でいいの?」

「総君が、いいの」


 私は言うと、膝の上に乗せた鞄を床に落として立ち上がり、総君の胴に抱きついた。総君が、そっと私の背中に右手を回すのを感じる。


「ボラコはね、執念深いんだって。冴村さえむらさんが言ってた」

 そうなんだ、と、総君が穏やかに言う。


「簡単に、別れられると思ったら大間違いよ」

 私の言葉に、総君は可笑しそうに笑う。


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