第121話 階段(9)

「もう、瀕死の重傷でね。救急車の中で一度心肺停止になったようなんですけど、ほら、あの……。なんていうんですかね。心臓にどーん、ってやるやつ。救急車の中で、どーん、って」


「AEDですか?」

 そうそれ、とあやめさんは私を指さし、それからあまりにもなれなれしすぎたと思ったのか、体側に沿って手を下す。こほん、と一つ咳払いをしてから、話を続けた。


「それで息を吹き返したんですよ。その後、救急病院に運ばれて治療を受けたんですが、トラックに妙な巻き込まれ方をしたみたいで、左腕と左足を切断することがその日のうちに決まりました」


「……意識は?」

 本人確認は合ったのだろうか、と私は尋ねる。あやめさんは、あっさり首を横に振った。


「意識なんてありません。お義母さんが呼ばれて医師から説明され、切断することを決めました。トラックに踏まれて左ひじはねじ切れて、腱だけでつながっていましたし、左足は、助け出されるまで二トントラックが乗ってましたから、ぺったんこだったそうです」


 では、救急車の中で心肺停止になったとき、彼の魂は体から抜け出してしまった、というところか。


 そして。

 体が生きていることを知らず、自分は死んでしまったと思い込んでそう君は行動した結果、私に出会った。


「ずっと意識不明と言うか……。混濁状態で。なんか、不思議だったんですよね。こう、ドラマとかの状態と全く違う、というか。ほら、ドラマって、ねたきりじゃないですか、そういうとき。ぴっ、ぴっ、っていう電子音が鳴る機械に繋がれて、しゅこー、しゅこーって酸素が入るマスク付けられたりしてね。ずーっと動かない、というか、寝っぱなし、っていうか」


 あやめさんは鞄を肩にかけたまま、腕組みをして天井を見上げる。その時の状態を思い出そうとしているようだ。


総一郎そういちろうは違うんですよ」

 あやめさんは言い、私に視線を向ける。


「勝手にときどき動きだすんです。寝たきりじゃないんですよねぇ。上半身を起こしてみたり、目を開けたり。私は良く知らないけど、夢遊病に近い形かなぁ……。だから、急性期の病棟にいるときは、リハビリスタッフが病床まで来てくれていろいろ世話してくれたり……。こっちも、目が離せないんですよ。足も腕も無いのに動こうとするから。ただ、決定的に『ちゃんと意識があって動いている』っていう状態じゃなくて……。それでね」

 あやめさんはそこで言葉を止め、私の目をじっとみつめた。


「時々、喋るんですよ」

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