第120話 階段(8)
「
あやめさんは、今度は口を尖らせるようにしてそう言い、腰に両手を当てて胸を反らせる。くるくると表情が良く変わる。私は呆気に取られて彼女を見ていた。
「
あやめさんはその体勢のまま、覗き込むように私の目を見る。
「……彼が、そう言いましたか?」
尋ねた声は、随分と自信なさ気で、おまけに小声で情けない。
「あいつ、認めないんですよ。腹立ちません?」
あやめさんは、鼻息荒く言いきった。
まるで地団太でも踏みそうな勢いであやめさんは「女々しい」だの「面倒くさい」だの「鬱陶しい」だのと言い続ける。
多分、主語は全部「総一郎は」なのだろう、と見当がついた。
「あの……。彼とはどういったご関係なんですか?」
際限なく悪口を募らせる彼女に、そっと声をかけて見た。
聞き逃されれば、それはそれで構わないと思った。
随分と親しいようだし、
もう、諦めよう。
総君だって、「認めない」のだ。
これ以上は、迷惑だろう。
会いに行かない方がいいのかもしれない。
「私ですか? 総一郎の義理の妹です」
「……え?」
茫然とあやめさんを見上げた。あやめさんは腰に当てていた手を離し、人差し指を立てて、宙を指さして説明を始める。
「総一郎のお母さんと、私のお父さんが数年前に再婚しまして。互いに連れ子同士の再婚でしたので、総一郎とは義理のきょうだいとなります」
そういえば、心残りの話をしたときに、総君が「母親は僕が就職したのを機に、再婚したから違う」と言っていたのを思い出す。
「総一郎が私の義理の兄になったのは、私が十四才の時ですからね。今さら、『お兄ちゃあん』なんて呼ぶのも気恥ずかしいから、呼び捨てです。総一郎も私のことを呼び捨てだから、まぁ、おあいこなんですけどね」
あやめさんは、流暢にそう話し、話している側からころころと変わる表情を唖然と見ていたら、ぷつり、と不意に言葉を切った。
「あの、総一郎から事故の話、聞いています?」
あやめさんは、気遣うように私を見た。眉尻を下げ、少し首を傾ける。本当によく表情が変わるが、それに嫌みがない。
「詳しくは……」
私が言葉を濁すと、「ですよね」と憤った顔で大きく頷いた。
「どうせ、あっさり連絡途切れさせた、とかそんなんじゃないですか?」
あやめさんに苦笑してみせると、「あの男のやりそうなこと」とむっつりと口をへの字に曲げてみせる。
「5月はじめの仕事中に、横断歩道を渡ろうとして左折してきたトラックに巻き込まれたんです」
あやめさんは私に告げ、私は頷いて見せる。そこまでは私も聞いていた。
ただ、その後が違うようだ。
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