第119話 階段(7)

「もう、終業時間だったんですね。すいません」

 あやめさんは戸惑う私を見て、すまなそうにそう声をかける。


 山下さんが言う客とは彼女のことだったらしい。

 私は首を横に振り、慌てて階段を下まで駆け下りた。


「そのポロシャツの背中に社協しゃきょう名が入っていたので……。病院帰りに寄ってみたんです。セミロングの髪の、ほっそりとした若い女性はいますか、って。移送って書かれた名札をした男性と一緒だったんですが、ってさっき事務所でお尋ねしたら……」


 ああ、と私は小さく呟く

 。視線を落とし、自分のポロシャツを見た。

 そうだ。このポロシャツを着て移送に行ったんだ、と。私は再度ゆるゆると顔を上げる。あやめさんと目があった。彼女は口元を手で隠し、可愛らしく私に笑いかける。


「良かった、お会いできて」

 そう言って姿勢を改めると、人懐っこい笑顔を作った。


尾西おにしあやめです」

 名前を告げられたので、私も応える。


柏木かしわぎ町社会福祉協議会の菅原すがわらです」


「菅原、なんとおっしゃるんですか?」

 尋ねられ、私は目を瞬かせる。下の名前まで聞かれるとは思わず、おどおどと答えた。


「菅原、琴葉ことはですが」

 そう言ってから、「あの、何のご用でしょうか」。そう続けたかったのだけど。


ちゃん」

 にまり、と。顔中に悪戯っぽい笑顔を浮かべて私にそう言った。


 そう君しか呼ばない私の呼び名を彼女が口にしたものだから、思わず怯み、彼女の顔を見下ろす。

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